岸田首相は8月下旬、原発の再稼働に向け「国が前面に立つ」意向を示し、原子炉の新増設や建て替えを進める姿勢を表明し、経産省は、電力需給逼迫を背景とした安定供給や脱炭素化推進のため、既存原発の運転期間延長の法整備検討を開始しました。
こうした「原発回帰」の動きが強まる中、時事総合研究所代表が、初めて原発の運転差し止めを命じる判決を出した樋口英明氏に話を聞きました。
樋口氏の発言の中に「岸田首相は原発の恐ろしさが十分に分かっていない」という言葉が出てきます。そうした人物が国のトップで、官邸入りした原発推進派の中心人物である元経産省事務次官・嶋田隆氏に操られるままに原発を動かそうとしているというのが現実です。
⇒(21.10.09)岸田内閣に送り込まれた「原発推進メンバー」
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「原発を止めた裁判長」が語る原発回帰の危うさ 新増設、運転期間延長の動き
時事通信 2022/10/29
岸田文雄首相は8月下旬、原発の再稼働に向け「国が前面に立つ」意向を示し、原子炉の新増設や建て替えを進める姿勢を表明した。一方、経済産業省は、電力需給逼迫(ひっぱく)を背景とした安定供給や脱炭素化推進のため、既存原発の運転期間延長の法整備検討を開始した。こうした「原発回帰」の動きが強まる中、東京電力福島第1原発の事故後、初めて原発の運転差し止めを命じる判決を出したことで「原発を止めた裁判長」として知られる樋口英明氏に話を聞いた。(時事総合研究所代表 村田純一)
樋口 英明(ひぐち・ひであき)
大阪高裁判事、名古屋地家裁半田支部長、福井地裁民事部総括判事などを歴任。2014年5月、関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止めを命じる判決を、翌年4月には関西電力高浜原発3、4号機の再稼働差し止めの仮処分決定を出した。2017年8月、名古屋家裁部総括判事で定年退官。退官後は、講演や著書で原発の危険性を訴える活動を展開している。2022年9月には出演映画「原発をとめた裁判長 そして原発をとめる農家たち」(小原浩靖監督)が公開された。
シンプルな「樋口理論」
―大飯原発の運転差し止め訴訟で原発の危険性を指摘した「樋口理論」(※1)は非常にシンプルで分かりやすい。
樋口 私は極めて当たり前のことを言っただけです。ほとんどの人が「原発訴訟は難しい裁判」と思っています(※2)。100パーセントの人がそう思っていますね。でも、それは思い込みにすぎない。この思い込みを解くのが大変なんです。
福島であれだけの原発事故が起きたのだから、今はそれより安全になっているだろうと、ほとんどの人は思っています。そう思うのは当然です。私だって裁判の前はそう思っていました。
多くの国民は政府を信頼しているんです。政府はそんなに間違ったことをしないだろうと。政府は「原発は安全だ」と思ってもらいたいだろうし、世論をそう誘導したいところでしょう。しかし、事故から10年間、原発に代わるエネルギーについて何らの策も採らなかったと言ってよい。日本で考案された「ソーラーシェアリング」(営農型太陽光発電=※3)ですが、残念ながら中国にお株を奪われているのが現状です。
※1 (1)原発事故のもたらす被害は極めて甚大(2)それゆえに原発には高度の安全性が求められ
る(3)地震大国日本において原発に高度の安全性があるということは、原発に高度の耐震性がある
ということにほかならない(4)わが国の原発の耐震性は極めて低い(5)よって、原発の運転は許さ
れない(樋口英明著、旬報社「私が原発を止めた理由」)
※2 「1992年の伊方原発最高裁判決は『原発訴訟は高度の専門技術訴訟である』としています。
今でも最高裁は原発差し止め訴訟を『複雑困難訴訟』と名付けています」(「私が原発を止めた理
由」)
※3 一つの農地で、農業と太陽光発電を両立させる取り組み。農地で作物を育てながら、農地に支柱
を立て、その上部に太陽光パネルを並べ発電事業も行う
耐震設計は一般住宅より低い?
―出演映画や著作で、原発は一般住宅よりも耐震設計の基準が低いと強調していましたが、これはどういう経緯で知りましたか。
樋口 実は、「三井ホーム」のテレビコマーシャルをちらっと見たんです。大飯原発の裁判の終わりごろでした。調べてみると、三井ホームは、同社の住宅は5115ガル(ガル=地震の瞬間的な衝撃力の大きさ、加速度を表す単位)の揺れに耐えるとPRしていた。大飯原発の「3・11」当時の基準地震動(耐震設計の基準とする地震動)は700ガルでした。国土交通省国土技術政策総合研究所によれば、700ガルは震度で言えば震度6弱(おおむね520~830ガル程度)に対応します。
電力会社は「原子炉や格納容器は十分な耐震性がある。住宅と原発は単純に比較できない」と主張しましたが、原子炉や格納容器につながれている配管が地震によって破損したり、電気系統の故障が原発の運転中に起きたりすれば、冷却機能が失われてメルトダウンし、原子炉や格納容器が破損する恐れがあります。原発の耐震性は配管、配電関係まで配慮する必要があります。
―裁判では、電力会社側が提出してくる膨大な訴訟資料を、裁判官は全て読みこなす必要があるのですか。
樋口 裁判官は裁判の争点に照らして、提出された資料のうち何が重要かを判断しなければなりません。重要でない資料と判断したら、読み飛ばすこともあり得ます。電力会社が重大な資料として提出してきたのは、専ら基準地震動の計算方法でした。
どういう経緯で700ガルという数字が出てきたのか、その経過が膨大な資料に書かれてある。私が注目したのは、原発の耐震性が高いか低いかです。すなわち、700ガルという計算結果が地震観測記録に照らして高いか低いかの問題です。
被告の関西電力は「大飯原発の敷地に限っては700ガルを超える地震は来ません」と主張していましたが、それが信用できるか否かが争点でした。700ガルの数値の計算過程、計算方法が争点だと思えば、それに関する膨大な資料を読まなければならない。裁判官はそれで音を上げてしまいます。しかし、原発が安全かどうかの判断をする際においては、計算過程や計算方法よりも計算結果が大切です。
事件の本質は何かということが分かればいいのです。だから決して難しい裁判ではなかった。事件の本質に関係のない資料まで全部読むとすれば、裁判は5年も10年もかかってしまいます。私の裁判は1年半ぐらいで結審しました。
戦争になれば攻撃対象
―樋口さんの判決はその後、高裁の控訴審で覆されました。原発の運転を容認する判決の方が多いのはなぜだと思いますか。
樋口 本質が分からない裁判官が多いからでしょう。日本で700ガルの地震がよくある地震なのか、めったにない地震なのか。これはとても大事なことで、めったにない地震であれば、運転を容認する判断はあり得るかもしれない。しかし、日本で700ガルを超える地震は各地で頻繁に起きています。
―著書によると「2000年以降の20年間で700ガル以上の地震は30回、1000ガル以上は17回」とありました。気象庁のデータによると、震度で言えば、その間に震度6弱以上の地震は日本付近で33回発生していました。
樋口 「700ガルを超える地震は原発敷地に限っては来ない」と電力会社側は主張していましたが、ばかげていると思います。原告側の弁護士も、被告があまりにも多くの資料を提出してくるので、裁判での争点が増えて混乱してしまい、何が大事な争点か、分からなくなっているんです。
―毎日新聞(2022年9月19日付)の世論調査によると、原発の新増設に「賛成」36%、「反対」44%、「どちらとも言えない」20%。既存の原発の再稼働は「賛成」46%、「反対」32%、「どちらとも言えない」21%でした。以前よりも原発反対論は少なく、賛成論が増えているようですが。
樋口 日本の国民は政府を信頼しているところがある。政府が言っているのだから、まあ、そうかなと。エネルギーは足りないし、原発もやむを得ないかなと思う人はいます。福島であんな事故を起こした後なので、政府もしっかり対策を立てているだろうと信頼している。だから、政府を信頼している人が多い自民党支持者は原発に好意的になるのだと思います。
―ウクライナの原発周辺がロシアに攻撃され、懸念されています。日本の原発も安全保障上は危ないのではないでしょうか。戦争になれば、原発は攻撃対象になると思われますが。
樋口 ウクライナの原発が攻撃されたら、ヨーロッパは壊滅すると言われています。ヨーロッパの壊滅と天然ガスの値上がりの問題とは、てんびんにかけるような話じゃない。日本も国防のことを考えたら、原発の停止を最優先課題にすべきでしょう。
愛国心ゆえ
―岸田文雄首相は原発新増設の検討方針も打ち出し、再稼働に前のめりの姿勢ですが、どう見ていますか。
樋口 岸田首相は原発の恐ろしさが十分に分かっていないということでしょう。仮に、岸田首相が原発の危険性を分かっているとしたら、愛国心が欠如しているのではないかと思います。
私は担当した事件によって原発の危険性を知りました。裁判官は担当した事件について沈黙を守るという伝統に反して、私は退官後も講演したり映画に出たりして原発の危険性を訴えていますが、それは愛国心からです。
東京電力の元会長ら旧経営陣に13兆円余りの賠償を命じた東京地裁の株主代表訴訟判決(2022年7月13日)でも、「原発の過酷事故が発生すると、わが国の崩壊にもつながりかねない」と指摘していました。原発事故は国を崩壊させかねないと思っています。
―映画にも出演されました。
樋口 私は裁判官を退官した後、大飯原発訴訟の住民側敗訴が高裁で確定したので、講演活動を始めました。しかし、講演では原発の危険性を広く伝えることに限度がありました。そんなに多くの人には広がらない。小原監督から出演を依頼された時は、「樋口さんは一人しかいないし、講演は1カ所でしかできないけど、映画は分身の術が使える。同時多発的に何人もの樋口さんを登場させ、訴えたいことを伝えることができる」と言われて、「分身の術」とは魅力的な言葉だなと思ったからです。