原発被害 共感の輪 福島の牧場描く藤沢の山内さん、ロシアで個展
東京新聞 2017年8月6日
◆8日から「命の重さ、弱者の痛みを」
立てなくなった牛や馬、叫ぶ牧場主-。東京電力福島第一原発事故で汚染された福島県内の牧場を描いてきた藤沢市の画家、山内若菜さん(40)が8日から、ロシア・ハバロフスクの極東美術館で個展を開く。「同じ原発事故を経験したロシアの人に見てもらい、弱者への共感を広げたい」と話している。 (加藤豊大)
六月下旬、山内さんは自宅近くのアトリエで、縦二・三メートル、横三・五メートルの「牧場・相棒との別れ」の仕上げにかかっていた。モチーフは福島県飯舘村にある牧場。原発事故後、原因不明の体調不良でかわいがっていた馬が死に、最後の別れを告げる牧場主を描いた。
山内さんが、福島県内の牧場を描き始めたのは二〇一三年の冬。友人とボランティアで訪れた浪江町で、「希望の牧場・ふくしま」代表の吉沢正巳さんと出会った。希望の牧場は福島第一原発から十四キロ。飼っていた肉牛三百頭余りは被ばくし売ることができなくなった。それでも吉沢さんは「殺すわけにはいかない」と全頭の飼育を続けた。
その後、同じく放射能に汚染された飯舘村の牧場で牛馬を守り続ける細川徳栄さんと知り合った。話を聞き、酒を交わすうちに二人と仲良くなり、年に二、三回ほど牧場へ行き、弱っていく牛や馬の世話を手伝うようになった。
広大な二つの牧場には死んだ牛や馬の白い骨が散乱。家族同然に愛情を込めていた馬が痩せ細り死んでいくのを前に、細川さんは声を殺して泣いた。吉沢さんは時に、失われていく命に対する責任をとらない国や電力会社への怒りを爆発させた。
山内さんは、牧場をテーマに描くことに没頭した。倒れ込む牛馬や送電線と鉄塔、不死の象徴ペガサスを描き込んだ縦二・六メートル、横十五メートルの大作「牧場」などを制作。加筆や修正を加えながら福島市や埼玉県や千葉県、藤沢市の美術館などで展示した。
武蔵野美術大短大部美術科を卒業後、印刷会社で働きながら創作を続けている山内さん。知人の日本人画家を通じ、ハバロフスクの画家らと出会い、〇七年から二年に一度、同地のギャラリーで作品を展示する活動を続けてきた。一一年の原発事故後には、「若菜は大丈夫か」と心配するメールが届くなど、ハバロフスクの仲間と親交を深めてきた。今回の個展も現地で画廊を経営する仲間を頼り、実現させた。
「失われた一頭一頭の命は重い。牧場主の痛みへの共感を国を超えて広げたい」という山内さん。自身のブログ(インターネットで「若菜絵ブログ」と検索)で展示風景や来場者の感想などを紹介する予定だ。