2013年7月18日木曜日

原発再稼働推進こそ民意との最大のねじれ

 
 毎日新聞に17日、「参院選:福島の本音は 再稼働推進こそ最大のねじれ」と題された記事が載りました。
 
 記事はまず、原発から60キロ離れた須賀川市で有機栽培農業に取り組んでいて、事故後に自殺した樽川久志さんの子息の和也さんの視線をたどって語られます。
 
 和也さんは紛争解決センターの仲介で今年5月に東電と和解しましたが、そのときに東電が寄越した文章は『久志様と原発事故の間に因果関係があったと聞いております』と、他人ごと風に書かれてありました。
 
 参院選で自民が圧勝したら原発の再稼働はどんどん進む、それにTPP協定も結ばれる。亡くなったの久志さんは『農家の扱いは江戸時代から生かさず、殺さずなんだ』よく言っていたが、本当にそのとおりだと和也さんは言います。

 では「脱原発」「反TPP」で、福島で反自民の風が吹いているのかといえばそうではない、と他の人たちは言います「再稼働を訴える政治家福島を無視しているのは明らかだとしても、再稼働反対する政治家がそのまま信用できるわけでもない」と。

 しかし参院選告示日の4日、福島市で第一声を上げた安倍晋三首相が、被災地重視というポーズを取りながら、その実 生活拠点を奪われ、不安に苦しむ福島の大勢の人たちを見捨てて原発の再稼働に向けて動いていること、この国の一番のねじれであることには間違いありません。

 以下に、短いながらもルポルタージュ風に読ませてくれる、毎日新聞の記事を紹介します。    (探報記事)
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参院選:福島の本音は 再稼働推進こそ最大のねじれ
毎日新聞 2013年07月17日
◇汚染で作物下落、TPPは大企業支援 「農家は生かさず、殺さずか」
 参院選の投票目前、福島の人々が何を感じているのか、気になってならない。東日本大震災、東京電力福島第1原発事故で甚大な被害を受け、今なお約15万人が避難する福島。被災地の声を聞きたくて歩いた。【瀬尾忠義、写真も】

 原発から南西約60キロの須賀川市。この地で有機栽培農業に情熱を注いでいた故樽川久志さんの田と畑(計4・4ヘクタール)は緩やかな斜面に広がっていた。夏空の下、稲は膝下ぐらいの長さまで伸び、風にそよぐ。キュウリが葉を大きく広げる。だが、久志さんの姿はない。福島原発事故後の2011年3月24日、自ら命を絶った。64歳だった。
 今年5月末、原子力損害賠償紛争解決センターの仲介で、久志さんの死と原発事故の因果関係を東電が認めて賠償金の支払いを受諾し、和解した。だが、次男の和也さん(38)は東電の態度に憤る。「東電はうちに来て謝罪したいと連絡してきたが、報道陣の前では困ると言っていた。大っぴらにせず、謝罪した格好をつけたいのが本心だろう。それに東電がまとめた文章は『久志様と原発事故の間に因果関係があったと聞いております』という内容だ。聞いておりますって何? 東電は『自分たちも地震の被害者だ』という感覚で被災者に対応していると思えてならない」
 和也さんが背にした仏壇で遺影の久志さんが穏やかにほほ笑む。地元の専業農家の7代目。安心、安全な農作物にこだわってきた。原発には批判的で広島平和記念式典に参加したこともある。家族には常々語っていた。「日本はなんてばかなんだ。原爆を落とされたのに原発を建てている。人間が造ったものが壊れない保証なんてないのに」
 大震災翌日の夕、水素爆発のニュースを見て、久志さんはつぶやいた。「福島の農家は終わりだ。何も売れなくなる……」。丹精込めたキャベツ約7500個の出荷が目前だった。

 震災から2年4カ月。この間、民主党は福井県の関西電力大飯原発3、4号機の再稼働を決定し、政権に復帰した自民党は他の原発の再稼働や原発輸出に積極的だ。和也さんは「農家は汚染された土の上で仕事をし、作物価格は下がり、子どもの健康に影響があるのかどうかも分からない。日本各地で大地震が再び起きる可能性があるのに、なぜ再稼働の話が出てくるのか。参院選で自民が圧勝したら原発の再稼働はどんどん進むでしょうね」。

 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)についても不信感を募らせる。「目的は関税撤廃で有利になる大企業の支援。農家は江戸時代は年貢を取られ、現代は減反とTPP。父がよく言っていた。『農家の扱いは江戸時代から生かさず、殺さずなんだ』と。本当にそうだ」
 久志さんが出荷していたJAすかがわ岩瀬が運営する直売所「はたけんぼ」を開店直後に訪れた。農作物や果物などを陳列する職員と、新鮮な品物を求める客でにぎわっていた。膨らんだ買い物袋を持った女性は「うちの食卓に欠かせない場所」と笑った。

 ただ、同JA農産物直売部会の溝井宗良部会長(63)は「震災前、はたけんぼの駐車場は関東ナンバーの車や観光バスでにぎわっていた。震災後はぱたりと見ない」。風評被害は根深い。「原発事故は何も終わってはいない」と嘆く。
 「はたけんぼ」の佐藤貞和店長(48)は訴える。「再稼働を訴える政治家は福島を忘れているというよりも無視しているようだ。だが、再稼働反対の政治家が信用できるかというと代替エネルギーをどうするのかの考えがない。再稼働の賛否で議論が止まってほしくない。原発をゼロにする行程や放射性廃棄物の処理方法を示すことが政治には求められていると思う」

 「脱原発」「反TPP」で、福島で反自民の風が吹いているかといえば、そうではない。自民党福島県連は「県内の原発10基廃炉」、本部は再稼働推進というねじれにもかかわらず、新聞各紙の世論調査で自民現職候補の優勢が伝えられている。JR郡山駅から約4キロの仮設住宅を訪れた。周辺に住宅展示場や大型店舗が建ち並ぶ。自宅に帰れない被災者の目にはどう映っているのだろう。
 双葉町から避難してきた男性(64)が部屋に入れてくれた。「蒸し暑くて体に応える」と苦笑しながら「高市発言で自民候補は数万票を失うほどのダメージがあったと思う。でも民主党への失望は大きく、批判票は野党に分散されるんでしょうね」と参院選の見立てを語ってくれた。
 高市発言とは、6月17日に自民党の高市早苗政調会長が「原発事故で死亡者が出ている状況ではない。最大限の安全性を確保しながら活用するしかない」と語ったことだ。謝罪、撤回されたが、県内では避難途中などに約1400人が「震災関連」で亡くなっており、反発が残る。
 さらに「自民党だから復興が進むとは思っていないが、昨年末の政権交代から短い期間での国政選挙で各党の政策が見極められない。目新しさを感じる安倍内閣に期待してしまう」と話した。

 県外避難した被災者も複雑な思いで選挙を見る。郡山市から静岡県に家族と自主避難した長谷川克己さん(46)。4日、福島市で第一声を上げた安倍晋三首相の姿をテレビで見て「被災地重視というポーズを取るために福島が使われたのは心外」と怒りがこみ上げてきたという。原発の新しい規制基準が施行された8日には東京・永田町で行われた反原発集会に参加した。
 長谷川さんは「衆参のねじれが注目されるが、生活拠点を奪われ、不安に苦しむ大勢の人がいるのに再稼働に向けて政府が動いていることこそ、この国の一番のねじれです。でも、批判ばかりでは復興は進まない。政権与党には頑張ってもらわないと。ただ高市発言で、福島を考えていない自民党の姿勢が透けて見えた気がして……」。寂しそうな表情でこう続けた。「私が言いたいことを口にできるのは福島を離れたからかも。しがらみがあって表向き批判できない人は多いでしょうね」

 月日を経るごとに、福島の声と思いは、国政とねじれていっているのではないか。