2015年11月19日木曜日

原発テロは現実的な問題

 パリで起きた同時多発銃撃事件に関連して、原発に対するテロ攻撃が起きる場合について考察した記事が、「東洋経済」オンラインに載りました。
 
 フランス政府が今後最も警戒すべきは原発に対するテロですが、同国内では銃器だけではなく、RPG(携行型ロケット)や重火器などの調達も比較的に簡単で、その他の装備も想定すれば、一つの原発に対して30人ほどで攻撃することが可能だということです。
 もしも攻撃によって放射性物質が撒き散らされればフランス農産物ワインやチーズ、フォアグラなどが商品価値を失って致命的な事態に至ります。それだけでなく放射能汚染はドイツ、イタリア、英国、スペイン、オランダなどEU主要国を含む欧州中心部にも及びます。
 その場合は当然原発の運転など許されなくなります。
 
 しかし発に対する攻撃成功しなくとも、攻撃が行われることで、原発がテロの対象になり破壊される惧れがあることをフランス国民州の市民が実感するだけでも、原発反対の世論が形成されて、やはり以後の運転は難しくなります。
 ミサイル攻撃に耐える原発の製造は原理的には可能でしょうが、それは原発のコストアップに直結するので何処で折り合うかという問題に直面します。
 
 いずれにしても今回の事件は、テロリストにとって原発が極めて格好な標的であることを、改めて示しました。逆に原発の脆弱性が明らかにされました。
 フランス政府にとって原発防御は極めて頭の痛い問題だ、と記事は結んでいます
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フランスは原発テロの悪夢にうなされている
自爆覚悟のテロは、防ぐのが難しい
清谷 信一 東洋経済オンライン 2015年11月18日
軍事ジャーナリスト)        
11月13日夜、パリ市内及び郊外で大規模な多発テロが起こり、フランス政府は非常の高いレベルの警戒を行っている。筆者はパリに友人知人が多く、また11月17日から20日までは隔年で行われる隔年で行われる軍や法執行機関向けの軍事・セキュリティの見本市、「ミリポール」が開催され、これに参加する予定だった。
これまで筆者は「ミリポール」にほぼ毎回参加してきたが、その場合は前週からパリに入り、11区の常宿に滞在するのが常だった。今回はテロとは別の諸処の事情で取材をキャンセルしたが、今回のテロは筆者にとっても他人事ではない。
 
もっとも警戒するべきは原発テロ
フランス政府が今後最も警戒すべきは原発に対するテロだ。原発に対するテロを受ければフランスは政治的、経済的、環境的にも極めて大きな打撃を受ける。
週刊漫画ゴラクに連載中の悪徳警官が主人公のマンガ、「クロコーチ」では我が国でカルト宗教団体が原発テロを計画するというお話があったが、フランス国内では銃器だけではなく、RPG(携行型ロケット)や、重火器などの調達も比較的に可能であろう。またそれらの扱いに習熟しているフランスおよびその他の軍隊経験者のリクルートも容易だ。
 
例えば、まず射程が数キロある60~81ミリ迫撃砲をトラックに積んで移動し、陣地変換をしながらアウトレンジで射撃する。警備部隊はパニックに陥るだろう。対迫撃砲レーダー程度は装備している可能性はあるが、装備しても対抗手段がない。
その間にRPGやアサルトライフル、グレネードランチャー、あるいはSUVなどに機銃を搭載したテクニカルなどで武装突入部隊が自爆覚悟で突入すれば良い。指揮官は市販のドローンを使って指揮通信を行えばより効率的な指揮が可能である。
 
またドローンを使って塩素ガスなど化学物質を散布すれば防御側にダメージを与えて、攻撃部隊を支援することもできる。それに突撃部隊は自爆覚悟であるので生還のための緻密な作戦も必要ない。
 
1カ所の襲撃に必要な人数は少ない
2~3カ所の発電所を同時に襲うにしても各原発の襲撃隊は後方支援を含めても1個小隊、即ち30人程度あればなんとかなるだろう。2個部隊で約60名、3カ所でも100名程度で可能である。
 
よく知られているように、フランスは発電における原発依存率は約8割と非常に高い。これを攻撃されたら大きな被害をうけるフランスは農産物の輸出国である。ことにワインやチーズ、フォアグラなどの農産物加工品も高いブランド力を持っており、利益率も高い。
放射能によって土壌が汚染されれば、これらの輸出は止まるだろう。仮に汚染のレベルが問題ないほどの低レベルでも風評被害を受けて、輸出はままならなくなる。これは農業国フランスにとって死活問題だ。更に漁業も同様の損害を被るだろう。東日本大震災の例を見ればそれは明白だ。
それだけではない同様の問題はルイ・ヴィトンやエルメスなどの高級ブランドの革製品などにまで及ぶ可能性があり、フランスの輸出は大きく落ち込むだろう。
 
当然ながら放射性物質が撒き散らされればフランスだけではなく、ドイツ、イタリア、英国、スペイン、オランダなどEU主要国を含む欧州中心部が放射能に汚染される。欧州が受ける経済的、社会的な打撃はチェルノブイリや東日本大震災の福島の事故よりも遥かに深刻なダメージを受けるだろう。
原子炉に対する攻撃は成功しなくとも効果はある。原子力発電所が襲撃され、一定の被害を与えるだけでもテロリスト側には大きなメリットがある。原発がテロの対象になり、破壊されるおそれがあることをフランス国民及び欧州の市民に魅せつけるだけで、フランスや欧州の市民に大きな恐怖を与えることができる。
 
襲撃された原発の被害がTVなどで報道されれば、多くの市民が恐怖を感じるだろう。そうすれば原発反対の世論が形成さる可能性は高い。またテロリスト側がドローンや突入部隊にビデオカメラを装備させて、実況放送を行うなり、動画を散布すれば更に効果は拡大するだろう。
 
フランス政府が全ての原発を即座停止するとは思えないが、攻撃を受けた原発及び、防御が難しい原発を幾つか止めれば、電力の供給は不安定になる。フランスは原発で発電した電力をドイツに輸出しているが、これを止めて国内需要を優先して賄おうとすれば、ドイツとの外交問題にも発展するだろう。
 
フランスの原子力政策も揺さ振られる
テロを受けて、原発の停止や原発中止の発電を見直すことになればフランスの原子力政策は大きな見直しをせざるをえない。例えば発電を原子力から火力などの通常の発電所に切り替え、既存の原子炉を廃炉にするならば、建設費と燃料代に莫大な費用がかかる。
太陽光発電などのいわゆる「持続可能な発電」を採用するならばコストは更に膨らむ。ただでさえ高いフランスでの工業生産コストは更に高いコストを強要されて国際競争力が減じるだろう。そうなれば、外国企業は撤退も加速し、失業問題は更に深刻になるだろう。むろん、フランスから電力を買っているドイツも影響を受け、電力政策の見直しを迫られるだろう。
いずれにしてもフランスのみならず、EU諸国は深刻な打撃を受ける可能性がある。恐らくフランス政府も原発に対する警戒を強めてはいるだろうが、長期にわたって相応のサイズの警察、内務省に属する国家憲兵隊、軍隊の部隊を張り付けておくわけにはいかないし、張り付けておけば相応のコストもかかる。これを永続的に行うのは難しい。
 
現状フランス政府がどれほどの防御を原発にほどこしているかは明らかではないが原発に、攻撃に対する抗堪性を上げるための工事やドイツのラインメタル社が提案している、防御システムなどの導入な必要だろうが、これまた原発のコスト増大に繋がる。また防御力を上げて、原子炉を守り切っても、先述のように攻撃を受けたという事実だけで世論が動く可能性は否定出来ない。
 
フランス政府にとって原発防御は極めて頭の痛い問題だろう。