2014年12月7日日曜日

原発への怒り 一票に 母親、避難者の思い

 福島原発の事故は、遥か遠く離れている神奈川県の土地も放射能で汚染しました。
 戸塚区や港北区の小中学校の除去物からは最大23,000ベクレル/kgの放射性セシウムが検出されました。保育園の除去物は0.62マイクロシーベルトを示しました。
 チェルノブイリの事故からまもなく30年になるというのに、現地では今も痛ましい健康障害が日々確認されています。
 原発の再稼動に国民の70%、80%が反対するのは極めて当然のことです。それなのに政府は平然とそして強引に原発を次々に再稼動させようとしています。まるで国自体が原子力村になったかのようです。
 政府が聞き入れない以上、選挙を通して怒りを表すしかありません。
 東京新聞神奈川版が『原発への怒り 一票に 母親、避難者の思い』の記事にまとめました。
 
 また福島県の内堀雅雄知事は5日、福島原発事故後に原子力政策が国民的議論になっていない現状に違和感を示し「県が事故の悲惨さと、再生可能エネルギーを実用化できるまで高めることを発信していかなければ、本当の意味での国民的議論は喚起されない」とし今後積極的に議論の材料を提示していく考えを示しました。
 福島民友ニュースも併せて紹介します。
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<衆院選>原発への怒り 一票に 母親、避難者の思い 
        福島事故、放射性物質の処理 (神奈川)
東京新聞 2014年12月6日
 東京電力福島第一原発事故から十一日で三年九カ月。小さな子どもを持つ母親や福島からの避難者は、衆院選の争点に、学校で除染した放射性物質の処理や原発再稼働の是非を挙げる。「しっかり候補者のことを調べて投票したい」「原発でどれだけ人間らしい生活が奪われたか、選挙を通して怒りを訴えたい」と一票に思いを込めている。 (小沢慧一)
 
 横浜市は原発事故後、対象物から一センチで毎時〇・五九マイクロシーベルトの空間線量を基準に除染。昨年から今年にかけ市立小中学校二十校や保育園十四園の除去物を測定した結果、十一校十二園で放射線量が低下していた。このため、市は昨年十二月、基準未満の除去物は十センチの土で覆い、基準以上のものは容器に入れて深さ三十センチ以上の地中で保管する方針を示した。
 しかし、井上さくら市議(無所属)が戸塚区や港北区の小中学校の除去物を民間検査機関に持ち込んで調べたところ、最大で一キログラム当たり約二万三〇〇〇ベクレルを超える放射性セシウムが検出された。また、基準未満とされていた保育園の除去物を十一月に再測定すると、市の基準を超える〇・六二マイクロシーベルトだったことが分かった。
 
 港北区の主婦山下美奈さん(46)は、娘(9つ)の通う小学校でも埋め戻しが行われることを知って驚いた。「子どもが掘り起こしたり、地表に出て舞い上がった土を吸い込んだりすると、内部被ばくする可能性だってある」
 山下さんらは除去物を学校などの敷地から別の場所に移し、一括管理することを求める要望書を出した。市は、放射線量が下がっていなかったり保護者らの理解が得られなかったりする場合、倉庫などでの保管を続ける運用に見直したが、敷地内での管理を変える方針はない。山下さんは「自治体に対処を任せるのではなく、影響を受けやすい子どもに配慮した法律やガイドラインを国に作ってほしい」と話す。
 
 一方、福島第一原発から約二十五キロ離れた福島県南相馬市から避難してきた愛川町の無職山田俊子さん(74)は、全国誰でも無料で甲状腺検査などの健康診断を受けさせることを求める署名活動をしている。住民票は南相馬市にあり、衆院選は愛川町から不在者投票で投票する。
 田舎暮らしに憧れて事故の四年前、南相馬市に家を建て、東京都町田市から移り住んだ。今は愛川町の雇用促進住宅に住む。「豊かな自然に囲まれていた幸せは原発事故で全てなくなった」
 
 製造業を営む娘の家族は、福島から離れて暮らせない。孫など福島の子どもたちや、神奈川など首都圏に住む子どもたちが放射能による健康被害を受けることが心配で、市民団体が主催する署名活動に参加した。「(原発事故があった旧ソ連の)チェルノブイリでは低線量の地域でも白血病や心筋梗塞などの健康被害があるという。放射能と病気との因果関係が分からない以上、万全の対策を取らないといけない」
 
 九州電力川内原発の再稼働に鹿児島県議会と知事が同意し、再稼働が現実味を帯びてきたことに怒りを感じている。「今再稼働をやめさせないと、私たちは未来の子どもたちに対して加害者になってしまう」と一票に願いを込める。
 
 
「原発政策、国民的議論を」 内堀知事、事故の悲惨さ訴え
福島民友ニュース 2014年12月6日
 内堀雅雄知事は5日、東京の日本記者クラブで会見し、東京電力福島第1原発事故後に原子力政策が国民的議論になっていない現状に違和感を示した。その上で「県が事故の悲惨さと、再生可能エネルギーを実用化できるまで高めることを発信していかなければ、本当の意味での国民的議論は喚起されない」と訴え、積極的に議論の材料を提示していく考えを示した。
  内堀知事は事故後の議論について「一時期はかなり議論になったが、その動きは続いていない」と指摘。県が2002(平成14)年に核燃料サイクルを中心とした原子力政策に疑念を呈し、政府に提言した経緯について「国民的な議論をしないとまずいという問い掛けだった」と振り返った。