2017年9月29日金曜日

原子力規制委が東電に「背徳のお墨付き」 のウラ事情(現代ビジネス)

 柏崎刈羽原発の再稼働について、20日の原子力規制委の定期会合で事実上の合格が決まりました。
 田中委員長は前回の会合で、「安全文化向上に関する事項を東電が保安規程に明記するようであれば本気度が認められる(要旨)」と述べており、小早川・東電社長が同委員会の求めに応じその旨を「保安規程」に明記すると表明したことが決め手になったということです。

 いずれにしても、はじめの頃 田中委員長の任期は18日までとされていましたが、それがいつの間にか22日に延ばされ、任期内の20日に事実上合格したことには、どうしても「予定調和」の感をぬぐえません。
 規制委これまでは東電の適格性の判断所管外としていましたが、東電に関しては「適格性が乏しい」という評価で、それを合格見合わせての根拠にしてきました。
 現代ビジネスの町田 氏は、それが一転して保安規定に盛り込めば大丈夫だとして
お墨付きを与えたことは、今後の展開に大きな影響をおよぼすことだろう
と述べていますそして
企業の適格性という大きな問題を矮小化して、技術基準に過ぎない保安規程に落とし込んだうえ、柏崎刈羽原発の運転再開にお墨付きを与えることは不適切な対応
であり、最後の段階で田中委員長がその判断を下したことは
東電の安易な原発再稼働を助長し、新たな原子力事故の発生リスクを膨らませ、それを国民に負わせることになりかねない」と警告しています
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
原子力規制委員会が東電に「背徳のお墨付き」を与えたウラ事情
柏崎刈羽原発「適格」に異議アリ!
町田 徹 現代ビジネス 2017.09.26 
 経済ジャーナリスト
「所管外」の判断に踏み込んだ 
柏崎刈羽原子力発電所(6・7号機)の再稼働へ向けて、東京電力が最大のハードルの一つをクリアした。
決め手になったのは、原子力規制委員会が開いた定期会合(9月20日)で、小早川智明・東電社長が同委員会の求めに応じ、安全文化を向上させる方針を「保安規程」に明記すると表明したことだ。
保安規程は、電力会社が作成して規制委が認可するもので、電力会社に遵守義務が発生する。規制委は小早川発言を評価して、東電を原子力事業者として適格とみなし、今週半ばにも事実上の運転再開の“お墨付き”となる審査書案をまとめるという。

規制委がお墨付きを与えると、再稼働に向けて残る大きなハードルは、原発の地元である新潟県の同意だけとなる。ただし、新潟県の米山隆一知事はかねて、「同意の判断には福島第1原発事故の検証が欠かせない。少なくとも3~4年かかる」との立場をとっており、ただちに再稼働が実現するわけではない。
一般の電力会社と違い、チェルノブイリ原発事故と並ぶ過去最悪の原子力事故を起こした東電に、原子力事業を継続する資格があるか否かは、いまなお世論の分かれるところだ。そうしたなかで、規制委がこれまで所管外としてきた東電の適格性の判断に踏み込み、お墨付きを与えたことは、今後の展開に大きな影響をおよぼすことだろう。
それにしても、任期満了をわずか2日後に控えた田中俊一・前原子力規制委員会委員長は、なぜ退任直前になって、東電の適格性審査に踏み込んでお墨付きを与えたのだろうか。さまざまな憶測が飛び交う背景を大胆に推論してみたい。

絶対的な安全を保証するものではない
原子力規制委員会は、福島第1原発事故をきっかけに、業界とのなれ合いを批判された原子力行政を是正するため、環境省の外局として2012年9月に発足した。
設置目的として、国民の生命・健康・財産の保護、環境の保全、そしてわが国の安全保障の確保が明記されている。委員長と4人の委員は中立公正な立場で独立して職権を行使し、原子力事故などを予防する使命を担っている。
同委員会は2013年7月、原発再稼働審査の事実上の尺度となる「新規制基準」を制定。これまで九州電力・玄海原発、四国電力・伊方原発、関西電力・高浜原発など、西日本各地の加圧水型原子炉(PWR)の再稼働を容認してきた。

ただ、規制委員会はこれまで、再稼働容認の拠りどころとしてきた新規制基準を、建築基準法のような強度に関する指針と位置付け、これを満たしたからと言って絶対的な安全を保証するものではないし、電力各社が原子力事業者として原発を運転する資質(適格性)があると判断したわけでもないと説明してきた。田中前委員長も、一貫して「(新規制基準に合格しても)安全とは私は言わない」とくり返してきた。
そのように現実を真摯に説明する規制委員会の姿勢は、原子力エネルギーそのものへの信頼回復に欠かせないとみられていた。加えて、原子力に関する問題を規制委員会がすべて背負い込むスタンスを取らないことは、電力各社が自ら地元の同意を得る必要があることの、裏付けの一つになっていた。

また、そうした規制委員会の存在は、煮え切らない歴代政権に対して、エネルギー政策における原子力の位置づけを明確化するよう、あるいは、万が一の事故に備えて周辺住民の避難対策を整備する責務を果たすよう、促す役割も果たしていた。

再稼働が安易に実現しかねない
ところが、原子力規制委員会は今回唐突に、技術面に限定して審査してきたこれまでの姿勢をかなぐり捨て、東電が保安規程に安全文化を向上させる方針を書き込めば、原子力事業者としての適格性が保てるとの判断を打ち出した。5年にわたって委員会をリードしてきた田中委員長の任期が9月22日に迫っており、ぎりぎりのタイミングでの決断だった。
田中委員長はかねて「福島出身者として、福島第1原発事故を風化させないために委員長職を引き受けたと公言してきた。オフレコでは、東電には原子力運転の資格なしと発言したこともある人物」(電力会社関係者)。
それだけに、原子力や電力業界のウォッチャーの間では、「越権ととられかねない行為を自ら犯すのはおかしい。何らかの強い政治的圧力が背景にあるのではないか」(原子力問題に詳しいエコノミスト)と、規制委員会の“変節”に首をかしげる向きが多い。

田中氏は委員長退任後、被災地(福島県飯館村)で復興に尽くすと漏らしている人物だ。東電の適格性に関して「田中委員長自身が、自ら何らかの留保をつけておきたかったのではないか」(電力会社関係者)という肯定的な見方がないわけではない。
しかし、足元の状況は、(口先だけとはいえ)「脱原発」を掲げていた民主党政権時代とはだいぶ違う。
安倍首相は再稼働問題に無関心とされるが、官邸や経済産業省は野放図な積極論者が占めている。これから唯一の歯止め役となる新潟県の米山知事についても、「抵抗は次回の知事選までだろう」というのがもっぱらの見方で、柏崎刈羽原発の再稼働が安易に実現しかねない状況にある。

ゾンビ企業に「お墨付き」は不適切
そこで、田中委員長らが一計を案じたとの見方が出てくるのだ。
福島第1原発の廃炉に取り組む覚悟や、原発の運転にあたって経済性よりも安全性を優先することなどを、順守義務のある保安規程で明文化しておけば、どんな些細なことでも法令違反に問えるようになる。
高速増殖炉「もんじゅ」の事例で、文科省に対して「日本原子力研究開発機構ではダメだ」と運営主体の変更を勧告し、最終的に廃炉に追い込んだように、田中委員長らは原子力事業者を実質的に規制する道を担保できると踏んだに違いない、というわけだ。
実際、田中委員長は9月20日の定例記者会見で、「もんじゅは、自分たちが決めた保安規程が守れないから勧告を出した」「東電は頭から適格性がないと否定する状況にない」と述べている。

しかし、動機は何であれ、規制委員会がこれまでより大きく踏み込んで東電の柏崎刈羽原発にお墨付きを与える行為は、大きなリスクを伴うものだ。
本来、原子力事業者の適格性というのは、その企業の経営が信頼に足るか、企業としてのガバナンスが効いているかなどを含めて総合的に判断すべき問題だ。その意味で、東電は、自ら負担しきれない賠償を抱える事故を起こし、破たん処理が避けられなかったにもかかわらず、国策救済を受けたゾンビ企業である。
広瀬直己前社長を擁護する気は毛頭ないが、意に反して解任され経営陣にも残れなかった同氏の解任劇を見ても、国有化が仇となって経営陣が経営責任を果たせない実情は明らかである。

そもそも、東電は未曽有の事故を引き起こした企業だ。その計り知れない悪影響を考えれば、もんじゅのように数限りないトラブルを起こしたら適格性を否定するという発想そのものに、大きな疑問を感じずにはいられない。
はっきり言って、企業の適格性という大きな問題を矮小化して、技術基準に過ぎない保安規程に落とし込んだうえ、柏崎刈羽原発の運転再開にお墨付きを与えることは不適切な対応だ。
こうした安易な発想をしてしまうこと自体、あの未曽有の事故を引き起こした安易な「原子力ムラ」のもたれ合い体質から抜け出していないことの証左と受け止められてもおかしくはない。
田中委員長の最後の判断は、東電の安易な原発再稼働を助長し、新たな原子力事故の発生リスクを膨らませ、それを国民に負わせることになりかねないものなのだ。