2019年8月14日水曜日

水力の発電量は2~3倍にできる

 元国交省河川局長で、川治ダム、大川ダム、宮ヶ瀬ダムの3つのダム建設事業を担当した竹村公太郎氏が、2016年に『水力発電が日本を救う 今あるダムで年間2兆円超の電力を増やせる』(東洋経済新報社)を出版しています
 それは60年以上も前に制定された時代遅れの『特定多目的ダム法』を改定し、ダム保有水レベルを満杯近くに上げたり、僅かな費用でダムを嵩上げしたりすることで、水力発電の発電量を現在の2倍にも3倍にもできるというものです。
 水力発電のプロが言うのですから間違いはないでしょう。
 
 NEWSポストセブンが取り上げました。素人でも概要が理解できます。
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日本の電力政策に秘策あり 水力の発電量は2倍にできる
NEWSポストセブン2019年8月13日
 夏場の電力ひっ迫による節電の呼びかけも今は昔。むしろ、猛暑が続くなかで熱中症予防として適切なエアコンの使用を呼びかける声のほうが大きいが、需給のひっ迫が完全に解消されたわけではない。原発の再稼働が一向に進まないなか、足りない電力を補うため電力会社は天然ガス・石炭火力発電の増設を続けてきた。原発事故前までは電力供給で火力の占める割合は6割ほどだったのが、今や8割までに増えている。気候変動(地球温暖化)の議論はどこかに追いやられ、日本の社会は化石燃料に、というより中東に依存して、大きな地政学的リスクを抱え込んでいる。
 
 そんななかで2016年8月に発刊された1冊の書がある。タイトルは『水力発電が日本を救う 今あるダムで年間2兆円超の電力を増やせる』(東洋経済新報社)。著者の竹村公太郎氏は、元国交省河川局長で、川治ダム、大川ダム、宮ヶ瀬ダムの3つのダム建設事業を担当したという。竹村氏は、水力発電の発電量を現在の2倍にも3倍にもできる方法があると主張する。水力は日本の電力供給の1割弱を担っているが、2〜3割にまで増やせるというのだ。
 
 水力発電はダムで貯めた水を放水するときに発電するしくみで、再生可能エネルギーの一つだが、太陽光や風力にはない特徴がある。環境問題が専門で、元国連大学副学長の安井至・東大名誉教授はこう説明する。
「太陽光や風力は天候に左右される不安定な電源ですが、水力はダムに水が貯まっている限り、必要なときに発電できる安定した電源なので、価値がまったく違います。それならもっと水力を増やせばいいと思うかもしれませんが、そうはいかない。日本のほとんどの大河川にすでにダムが建設されていますし、中小河川に環境負荷の小さい中小水力を設置するという取り組みも、水利権や漁業権が複雑に絡み合ってなかなか進まない。ですから、水力(の発電量)を伸ばすのは難しいというのがこれまでの常識でした。もし本当に発電量を2〜3倍にできるのなら、非常に画期的と言えます」(安井名誉教授)
 
◆ダムの貯水量を柔軟にコントロールする
 しかし、水力はもう限界と考えられていたのに、いきなり2倍以上にできるなどと言われたら、“そんなうまい話があるのか?”と疑うのが当然である。では、いったいどんな方法を使えば、水力が2倍以上になると言うのか。著者の竹村公太郎氏に訊いた。
「新規に大規模ダムを建設する必要はありません。そもそも、もうそういう時代でもない。方策としては3つあります。第一には『多目的ダムの運用の仕方を変える』、第二には『ダムのかさ上げをする』、第三には『発電整備のないダムに発電設備をつける』。この3つを合わせれば水力の発電量は2〜3倍になります
 第一の「多目的ダムの運用を変える」とはどういうことか。多目的ダムとは、飲料水や農業用水などに利用するために水を貯める「利水」や、台風や豪雨のときの増水を受け止める「治水」、貯めた水の位置エネルギーを電力に変える「発電」など複数の目的で建設されたダムのこと。日本ダム協会の集計によると、日本には2755か所のダムがあるが、この内、889か所が多目的ダムである(2018年3月末時点)。
「多目的ダムは60年以上前にできた『特定多目的ダム法』という法律に縛られ、6月半ばから9月末までの雨量の多い時期にダムを満水にできず、おおむね半分しか貯めていません。治水のためにはダムを空に、利水のためにはダムを満水にするのが望ましく、この2つは相反するため、中間を取って半分だけ貯めている。ダムを満水にしたほうが発電量も増えます。洪水期には半分しか貯めていないので、水力発電から見れば、十分能力を発揮していない。発電の観点から考えた場合、ダムの底から10mに貯める価値はありませんが、上部標高の10mは非常に価値が高いのです」(竹村氏)
 ダム湖に流入する水の量は変わらないのだから、ダムを満水にしようがしまいが、発電量は同じのように思えるが、実は違う。水力発電というのは、ダム湖の水を下流に落としてスクリューを回して発電するしくみで、水の放出口は下部にあるが、水がたくさん上まで貯まっていたほうが、放出口に大きな水圧がかかり、発電量は増える。半分しか貯めないと、一番おいしいところを捨てることになるのだ。
 しかし、梅雨や台風のシーズンにダムを満水にしたら、治水という目的を放棄することにならないのか。
「なりません。特定多目的ダム法が施行されたのは1957年で、現代からすれば信じられないような話ですが、当時は気象衛星も気象レーダーもスパコンもなく、台風がどこでどんな規模で発生し、日本にいつ来てどういうルートを辿るか、雨がどれだけ降るかなど、まったく予測できなかったのです。この法律で示されているのは、何もわからないまま100年に1度の大洪水に備えるための基準です。今は気象予測がかなり正確にできるようになっていますから、豪雨が予想された時点で放水すれば十分間に合う。大型ダムなら6時間程度、小型ダムなら3時間程度で放水できます。ダム操作規則の改正が必要ですが、気象予測に合わせてダムの貯水量を柔軟にコントロールすれば発電量を大幅に増やせます」(竹村氏)
 
◆既存ダムの「かさ上げ」で貯水量を増やす
 第二の「ダムのかさ上げ」は、既存ダムに対して追加工事を行なって、ダムの高さを上げて貯水量を増やすということ。
「ダム湖というのは山に挟まれた谷にあり、“じょうご”のような形状をしていて、上に行くほど面積が広がるので、少しかさ上げするだけで貯水量は大幅に増えます。しかも自然の力で水が高い位置に貯められるので非常に価値があります
 北海道にある新桂沢ダムでは実際にかさ上げ工事を実施していて、来年の完成を予定していますが、もともとの高さが75.5mだったダムを11.9mかさ上げするだけで、貯水量は9200万トンから1億4700万トンへと、およそ1.6倍にまで増えます。貯水量が増えれば、治水や利水の能力も高まるので、防災の面でも有利になります」(竹村氏)
 しかし、ダム建設には莫大な費用がかかるのが普通だ。何千億円もかかるのなら費用対効果の面で意味があるのか。
「民主党政権時代に高額な事業費が問題にされた八ッ場ダムは、総事業費が約5000億円とされていますが、そのうち、JR吾妻線の付け替え補償が約3000億円、ダム建設のための道路付け替え等が約1000億円、ダム本体の建設費は500億円程度です。既存ダムのかさ上げ工事では、補償はすでに終わっていますし、道路も整備されていて、本体のかさ上げ工事だけですむので、それほどお金はかかりません」(竹村氏)
 
 そうはいっても、何百億円という単位のお金はかかるはずである。竹村氏の挙げた「新桂沢ダム」は、国のダム事業では初の同軸かさ上げ工事(既存ダムを上に延ばす工事)として2015年に竣工しているが、これまで下流域で洪水がたびたび起きていたため、治水機能の向上が主たる目的で実施されている。国交省の水管理・国土保全局治水課に問い合わせたところ、かさ上げ工事は同じ幾春別川に新規建設中の「三笠ぽんべつダム」と合わせて1つの事業として扱われ、合計の事業費は1150億円(両ダムで共通する工事もあるので個別の金額は出せない)という。
 ただ、ダム1基のかさ上げで何百億円もかかるとはいえ、福島第一原発の事故以降、原発の再稼働ができなくなり、火力発電に頼り切っているため、天然ガスや石炭など化石燃料の購入費は年間3兆円から4兆円も増加している。これは原発を再稼働しない限り毎年かかり、中東諸国やオーストラリアなど諸外国に支出するばかりで、国内の経済効果はゼロに等しい。それどころか、電気代の上昇を招き、日本の景気にはマイナスに作用している。
 一方、ダム工事というのはオールドエコノミーの代表だが、地方経済を活性化するのは事実で、火力発電を減らすこともできる。 
「ダムは一度建設すれば半永久的に使えるうえ、雨という自然のエネルギーを利用して発電するので、燃料費もゼロです」(竹村氏)
 
 ダムは“半永久”で、雨水は“タダ”だから、建設に少々お金がかかっても長期的には必ずプラスになるという。最後に、第三の「発電整備のないダムに発電設備をつける」というのはどういうことか。
今まで発電に利用してこなかった治水や利水、砂防などを目的とした既存ダムに、穴を開けて発電施設を設置するということです。こうした施工例は実際にあります」
 これら3つの方策を実施すれば、水力は日本の電力需要の2割以上を賄えるようになるという。実際に話を聞くと、この“竹村理論”には整合性があるように思えるが、専門家はどう見るか。前出の安井至氏はこういう。
「私も竹村氏の著書を読みましたが、理論に穴は見つけられませんでした。唯一、気になったのは、緊急時の放流です。昨年7月の西日本豪雨では、愛媛県・肱川のダムで緊急放流をして肱川が氾濫し、大きな被害が出ました。農繁期で農業用水が必要だったので事前放流を躊躇したとされていて、想定外の豪雨や人為的なミスで事故は起こりうると思う。ただ、これから日本の人口は減少していくので、人がほとんど住んでいない地域のダムから導入していくことは可能でしょう。
 竹村氏は元国交省の河川局長ですので、国交省の利権を代弁している気がしないでもありませんが(笑い)、仮にそうだとしても、水力を2倍にできるというのは極めて魅力的で、ぜひ進めるべきだと思います」
 日本列島は中心部に山岳地帯が広がり、河川は急峻で、雨量も多い。エネルギー資源がほとんど産出しない日本で、唯一豊富といえるのが“水のエネルギー”であり、もう限界といわれて放置してきた水力発電を再生することは大いに検討されるべきことであるように思う。      取材・文/清水典之(フリーライター)