2018年8月6日月曜日

プルトニウムを削減するのは単純なこと

 原子力委員会15年ぶりにプルトニウムの利用指針を改定し、保有量を削減する方針を初めて盛り込んだことに対して、具体性、実効性乃至は本当に削減しようという本気度が見えないという批判が集中しています。
 たまたま5日、3紙がこの件に関して社説を出しましたのでここに紹介します。
 
 プルトニウムを削減すること自体は極めて単純な話なので、ほぼ共通した主張乃至指摘になっています。
 この問題で数値的に明らかにされている諸量は以下の通りです。(以下ではプルトニウムをPrと表示します)
 現有のPr保有量は         473トン、
 プルサーマルで消費されるPr量は  0.5トン×4基=2トン/年間
    (現行稼働基数は4基、最大可能基数は10基)
 核燃料サイクルで生成されるPr量は  最大8トン/年間
 
 プルサーマル運転が可能な原発の総数は10基、しかしPrを消費するために原発を稼働させるというのは「本末転倒」です。
 全く何のメリットもない「核燃料サイクル」を中止せずに、Pr量が増えない範囲に稼働率を抑えるというのは、それ自体が矛盾している弥縫策です。
 また既に「核燃料サイクル」に1兆円以上を投じて来たからというのは何の言い訳にもならず、このまま稼働に入れば将来19兆円とも、その数倍ともいわれる無用な失費が重なります。
(⇒「19兆円の請求書」 http://kakujoho.net/rokkasho/19chou040317.pdf 参照)
 
 日本が「核燃料サイクル」にそこまで拘るのは、核兵器製造の潜在能力を保有しておきたいからとしか考えられません。
 そうでないというのであれば、直ちにプルトニウムは海外に引き取ってもらうべきで、そうすれば一件落着です。 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(社説)プルトニウム 実効性欠いた削減方針
北海道新聞 2018年8月5日
 内閣府の原子力委員会はプルトニウムの利用指針を15年ぶりに改定し、保有量を削減する方針を初めて盛り込んだ。
 原発の使用済み核燃料を再処理する際に出るプルトニウムは核兵器にも転用できる。日本は国内外に47トン(原発6千発分)も持つ。その多さに米国や近隣諸国が懸念を示し、削減を求めていた。
 余剰プルトニウム削減は、核不拡散の観点から当然だ。だが新指針は具体策や数値目標を示しておらず、実効性が疑わしい
 
 在庫がこれほど増えたのは、再処理で抽出したプルトニウムを原子炉で燃やす核燃料サイクルに政府が固執していることによる
 政府は実現のめどが一向に立たないサイクルを断念し、政策を転換すべきだ。同時に、大幅な在庫減につながる対策を示し、国際社会の疑念を晴らす必要がある。
 核燃サイクルの要としてプルトニウムを大量消費するはずだった高速炉は、原型炉もんじゅの廃炉で開発が頓挫した。だから指針は通常の原発でプルトニウムを燃やすプルサーマルに望みをつなぐ。
 ただ、消費量は原発1基当たり年0・5トンとわずかだ。プルサーマルを行えるのは現在4基だけで、削減効果は限られる
 
 国はプルサーマルを再開した電力会社の原発で、再稼働していない会社のプルトニウムを燃やすことを想定する。だが業界でプルトニウム融通への抵抗は大きく、狙い通りに減るとは思えない。
 さらに問題なのは、プルトニウムを減らすと言いながら、青森県に建設中である再処理工場の稼働を前提としていることだ。
 フル稼働すれば年8トンものプルトニウムが出る。なので稼働は制限するという。なんとも矛盾した話だが、それだけではない。
 再処理工場の建設・運営費は、北電を含む各社が電気代に上乗せして徴収する仕組みだ。稼働が制限されて収支が悪化すれば、国民負担は膨らみかねない。
 
 核燃サイクルの延命にこだわったままでプルトニウムを大幅に削減することは不可能だ。
 サイクルからの撤退を決めても、多くの難問が浮上する。例えば各原発から運び込まれ、青森県の再処理工場に積み上がっている使用済み燃料をどう扱うのか。
 プルトニウムにしても、国内で減らない以上、多くが保管されている海外に引き取ってもらうべきだ―との意見もある。政策転換による混乱を抑えるためにも、国は早く議論に着手してもらいたい
 
 
(社説)プルトニウム 削減への本気度が見えぬ
新潟日報 2018年8月5日
 削減しようというなら、その道筋を示すべきだ。それなくしては「絵に描いた餅」だろう。
 国の原子力委員会はプルトニウムの削減に向けた新指針を決定した。
 2021年度完成予定の青森県六ケ所村の再処理工場の稼働に一定の制限をかけ、製造量を限定することが柱である。
 問題なのは、保有量の上限や削減目標を提示せず、具体策を電力会社や経済産業省頼みとしたことだ。
 
 日本は17年末時点で核兵器6千発に相当するプルトニウム約47トンを保有する。国際社会は核拡散のリスクを懸念し、厳格な管理を求めている。
 日本に再処理を認めた日米原子力協定は7月に30年の期限を満了し、自動延長された。米国の通告で一方的に終了できるようになった。米は保有を懸念しており、削減は急務といえる。
 
 本気で削減を目指すなら、政府は核燃料サイクルを軸とした原子力政策を大胆に転換なければなるまい。そうでなければ、プルトニウムの削減はおぼつかない。
 核燃料サイクルは原発の使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出し、ウランと混ぜた混合酸化物(MOX)燃料として再利用するものだ。
 政府や電力会社は核燃料サイクルによって余剰プルトニウムは減らせると主張し、原発を推進してきた。
 だが、現実には核燃料サイクルは行き詰まっている
 東京電力福島第1原発事故の後、MOX燃料を使うプルサーマルは停滞が続く。
 プルサーマルが認められているのは建設中の大間原発を含め全国10基で、うち再稼働できたのは4基だけだ。福島事故前に掲げた16~18基の目標に遠く及ばない
 そんな中、六ケ所村の再処理工場がフル稼働すれば年間最大8トンのプルトニウムが新たに生じ、保有が増える恐れがある。指針が示した稼働制限ができたとしても、増加を抑える効果しかない。
 核燃料サイクルの中核と位置付けられてきた高速増殖原型炉もんじゅは、16年12月に廃炉が決まった。
 原子力委員会はプルトニウム消費に向けた電力会社間の燃料融通を提案した。しかし電気事業連合会は後ろ向きだ。他社分の燃料まで使うことに自治体の反発は必至で実現は難しい。
 東京電力柏崎刈羽原発で国がプルサーマルを許可したのは3号機だけだが、地元の同意は得られていない。
 桜井雅浩柏崎市長は新指針の決定を受け、記者会見で核燃料サイクルは「見直さざるを得ないのではないか」と述べた。
 気掛かりなのは、削減を進めるためにプルサーマル発電を行う原発の再稼働を加速させようとの意見があることだ。
 再稼働を目指すなら、最も重要なのは安全を確保し、住民の理解と納得を得ることだ。プルトニウム削減のための再稼働など本末転倒というしかない。
 
 
(社説)プルトニウム 削減への覚悟が見えない
高知新聞 2018年8月5日
 政府と電力会社が推し進める原子力政策「核燃料サイクル」に欠かせない物質がプルトニウムだ。使用済みのウラン燃料を再処理して取り出し、原発で再利用する。
 原子力委員会がそのプルトニウムの利用指針を15年ぶりに改定し、初めて「減少させる」とうたった。
 7月に閣議決定したエネルギー基本計画にも「削減」が盛り込まれている。政府や電力会社などがどこまで真摯(しんし)に取り組むのか。覚悟が問われる。
 
 新指針は、プルトニウムの今後の保有量について現行水準を「超えることはない」と明記。使用済み燃料からの取り出しも「必要な量だけ」認可するとした。
 その上で、通常の原発でプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を燃やすプルサーマル発電を進めて消費し、保有量を減らす方針を掲げた。
 強い言葉は並ぶが、問題は具体的な数値目標や削減の行程が一切示されていないことだ。これでは実効性に疑問が湧く
 
 昨年末時点で日本は、国内外に計約473トンのプルトニウムを保有する。核兵器の原料に用いれば、約6千発分に相当する。
 海外から批判されて当然の量だ。指針の改定も、日米原子力協定の延長に当たり、米国から強い懸念が示された結果であろう。
 問題の根幹には、硬直化した日本の原子力政策があると言わざるを得ない。
 日本は乏しいエネルギー資源を補うためとして、核燃サイクルを進めてきた。柱になったのが、プルトニウムを供給する大型再処理工場の青森県への整備と、それを消費する高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)の建設やプルサーマルだ。
 
 もんじゅは深刻なトラブルが相次ぎ、ほとんど稼働しないまま廃炉が決まった。プルサーマルも東日本大震災後の新規制基準により、拡大が難しくなった。
 プルトニウムの利用はコストの高さも目立ち、大震災では原発そのものの信頼性が失われた。核燃サイクルは事実上破綻しているといってよいだろう。
 
 それでも政府や業界は旗を降ろそうとせず、指針も核燃サイクルを前提に見直した。
 2021年度に完成予定の再処理工場がフル稼働すれば、年間最大8トンのプルトニウムが新たに生じるという。消費が進まなければ、減るどころか増えかねない。
 プルサーマルが認められている原発は、建設中の大間原発(青森県)を含め計10基だ。このうち再稼働したのは伊方原発(愛媛県)3号機など4基にとどまる。核燃サイクルが目標にする16~18基はあまりに現実性を欠く
 このままでは国民の信頼も国際社会の理解も得られまい。プルトニウムを減らすなら、まずは核燃サイクルの「幻想」と決別すべきだ。政策の転換が急がれる。