福井地裁の判決の要旨を事務局でまとめました。
判決は極めて明解・明晰な論理で貫かれていて、保守的といわれている上級審でも簡単には覆せない迫真性と完璧さを持っています。
なお、地裁判決文(要旨)は下記でご覧になれます。
【判決要旨】
生存を基礎とする人格権がすべての法分野において最高の価値を持つとされている。とりわけ生命を守り生活を維持するという人格権の根幹部分に対する具体的侵害のおそれがあるときは、人格権そのものに基づいて侵害行為の差止めを請求できる。
避難区域については、既に20年以上にわたりこの問題に直面し続けてきたウクライナ共和国、ベラルーシ共和国を見本にすべきで、半径250キロメートルという数字が直ちに過大であると判断することはできない。
原発に求められるべき安全性は極めて高度なものでなければならず、大きな自然災害や戦争以外で、人格権が極めて広汎に奪われるという事態は原発事故のほかは想定し難く、そこに具体的危険性が万が一でもあれば、その差止めが認められるのは当然である。
本件訴訟では、本件原発において具体的危険性が万が一でもあるのかが判断の対象となる。
原発は、何時間か電源が失われるだけで事故につながり、いったん発生した事故は時の経過に従って拡大して行くところに本質的な危険性がある。
大飯原発は1260ガルを超える地震で崩壊しメルトダウンに結びつく。我が国の地震学会においてこのような規模の地震の発生を一度も予知できていない。したがって大飯原発に1260ガルを超える地震は来ないと確実に想定することは本来的に不可能であり、到来する危険がある。
被告は、700ガルを超える地震が到来した場合、イベントツリー※に記載された対策を順次とっていけば炉心損傷には至らず大事故に至ることはないと主張するが、そうした対策が真に有効であるためには、第1に地震や津波のもたらす事故原因につながる事象を余すことなくとりあげること、第2にこれらの事象に対して技術的に有効な対策を講じること、第3にこれらの技術的に有効な対策を地震や津波の際に実施できるという3つがそろわなければならない。
しかし第1がまず極めて困難であるのに始まって、第2も、第3も、夜間や所長不在などを含め、いかなるときにも確実に行い得るとはとても言えず、確実に実行することは極めて困難である。
被告は、700ガルを超える地震が到来することはまず考えられないと主張するが、現に、全国で20箇所にも満たない原発のうち4つの原発に5回にわたり想定した地震動を超える地震が平成17年以後10年足らずの問に到来している。大飯原発にその規模の地震が来ないという想定が信頼に値するという根拠は見い出せない。
被告は原発の施設には安全余裕があるので基準地震動を超える地震が到来しても直ちに施設損傷の危険性が生じることはないと主張するが、たとえ過去において原発施設が基準地震動を超える地震に耐えられたという事実が認められたとしても、そのことは、今後、基準地震動を超える地震が到来しても施設が損傷しないということをなんら根拠づけるものではない。
本件原発においては基準地震動である700ガルを下回る地震によって外部電源が断たれ、かつ主給水ポンプ(冷却水ポンプ)が破損し主給水(冷却水)が断たれるおそれがある。
非常事態でのイベントツリーも用意されてはいるが、各手順のいずれか一つに失敗しただけでも、加速度的に深刻な事態に進展し、未経験の手作業による手順が増えていき、不確実性も増していく。事態の把握の困難性や時間的な制約のなかで、深刻事態への移行を的確に防止するのには困難が伴う。
被告は、主給水ポンプ(冷却水ポンプ)は安全上重要な設備ではないから基準地震動に対する耐震安全性の確認は行われていないと主張するが、主給水ポンプは安全確保の上で不可欠な役割を持つので、それにふさわしい耐震性を求めるのが健全な社会通念であり、理解に苦しむ主張である。
この地震大国日本において、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しにすぎない。基準地震動に満たない地震によっても冷却機能喪失による重大な事故が生じ得るので、「万が一」という領域をはるかに超える現実的で切迫した危険と評価できる。
核燃料プールには膨大な核燃料が保管される。現行では開放式となっているが、使用済み核燃料も原子炉格納容器の中の炉心部分と同様に、外部からの不測の事態に対して堅固な施設によって防御を固められてこそ初めて万全の措置となる。深刻な事故はめったに起きないだろうという見通しのもとにかような対応が成り立っているといわざるを得ない。
総括的に、国民の生存を基礎とする人格権を放射性物質の危険から守るという観点からみると、本件原発に係る安全技術及び設備は、万全ではないのではないかという疑いが残るというにとどまらず、むしろ、確たる根拠のない楽観的な見通しのもとに初めて成り立ち得る脆弱なものであると認めざるを得ない。
被告は本件原発の稼動が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことである。
コストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である。
被告は、原子力発電所の稼動がCO2排出削減に資するもので環境面で優れている旨主張するが、原子力発電所でひとたび深刻事故が起こった場合の環境汚染はすさまじいものであって、福島原発事故は我が国始まって以来最大の公害、環境汚染であることに照らすと、環境問題を原子力発電所の運転継続の根拠とすることは甚だしい筋違いである。
結論
以上の次第であり、原告らのうち、大飯原発から250キロメートル圏内に居住する者は、本件原発の運転によって直接的にその人格権が侵害される具体的な危険があると認められるから、これらの原告らの請求を認容すべきである。
福井地方裁判所民事第2部
裁判長 裁判官 樋口 英明
裁判官 石田 明彦
裁判官 三宅 由子
※ イベントツリー (イベント=事象 ツリー=木~枝)
事故時の一連の事象毎の対応処置(の順序)を、事象の系統や諸条件ごとに「枝分け」して示したものと推定されます。