2016年1月20日水曜日

福島の山や川や海を返してほしい

 環境省は昨年12月21日、民家や農地から約20メートル以上離れた森林については除染を実施しない、県内面積の約7割を占める森林のうち、生活圏から20メートル以内とキャンプ場や遊歩道、キノコ栽培で人が入る場所に限って落ち葉など堆積物を除去する方針を決めました。

 しかしそれは福島県や市町村が森林全体を除染するよう繰り返し要望してきたものを拒否し、県民生活にとって森林は生活の一部であるという指摘を無視したものでした。
 
 これは政府が勝手にそう決めたからということで済ませられる問題ではありません。もしも費用と効果の点でそうしたいというのであれば、なおさらそのことを地域住民に訴えて納得してもらう必要があります。

 その自信がないのであればそもそも立案・提案すべきではないし、ましてそう決定するなどはあり得ないことです。
 森林を除染しないで人々が健康な生活を送れるのかという根本的な問題に答える必要があります。
 
 福島県立博物館長の赤坂憲雄さんが、この問題について「見過ごすことができない。生活圏とはいったい何か。人の暮らしは、居住する家屋から20メートルの範囲内で完結しているのか」と、民俗学者の立場から政府に問う文章を発表しました。
 日本の政治が如何に安直で劣等なものであるのかを指摘するものです
 
 日本は原発事故の後、一旦は100兆円、少なくとも数十兆円の除染費を覚悟した筈です。それが蓋を開けてみれば、除染には一銭も出したくない東電に除染費の財布の紐を握らせ、それを政府(環境省や経産省)が追認するという最悪のパターンで除染が進められました。その挙句がこの体たらくです。
 いまこそ「政治の喪失」:惰眠 から目を覚ますべきです。
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【日曜論壇】山や川や海を返してほしい
赤坂 憲雄 福島民報 2016年1月17日
福島県立博物館長               
 福島の外では、もはや誰も関心を示さないが、どうやら森林除染は行われないらしい。環境省が、生活圏から離れ、日常的に人が立ち入らない大部分の森林は除染を行わない方針を示した、という。それでいて、いつ、誰が「安全」だと公的に宣言がなされたのかは知らず、なし崩しに「帰還」が推し進められている。
 わたしは民俗学者である。だから、見過ごすことができない。生活圏とはいったい何か。人の暮らしは、居住する家屋から20メートルの範囲内で完結しているのか。もし、そうであるならば、民俗学などという学問は誕生することはなかった。都会ではない、山野河海[さんやかかい]を背にしたムラの暮らしにとって、生活圏とは何か、という問いかけこそが必要だ。
 かつて「前の畑と裏のヤマ」という言葉を、仙台近郊で聞いたことがある。平野部の稲作のムラであっても、田んぼのほかに、野菜などを作る畑と、イグネと呼ばれる屋敷林を持たずには暮らしていけなかった。イグネはたんなる防風林ではない。たくさんの樹種が周到に選ばれた。果樹、燃料となる木、小さな竹林、家を建て直すときの材となる樹々[きぎ]などが植えられていた。小さな里山そのものだった。裏のヤマだったのだ。このイグネが除染のために伐採された、という話をくりかえし聞いている。
 『会津学』という地域誌の創刊号に掲載された、渡部和さんの「渡部家の歳時記」という長編エッセーを思いだす。奥会津の小さなムラの、小さな家で営まれている食文化の、なんと多彩で豊かであることか。正月に始まり、季節の移ろいのなかに重ねられてゆく年中行事には、それぞれに儀礼食が主婦によって準備される。その食材は家まわりや里山で調達されてきた。
 福島の伝統的な食文化は、原発事故によって痛手を蒙[こうむ]っている。それはみな、福島の豊かな山野や川や海などの自然環境から、山の幸や海の幸としてもたらされる食材をもとに、女性たちがそれぞれの味付けで守ってきた、家の文化であり、地域の文化である。
 山菜やキノコばかりではない。切り昆布・麩[ふ]・コンニャク・笹巻き・358・凍み豆腐・凍み餅。浜通りの、アンコウのとも和[あ]え・ウニの貝焼き・がにまき・お煮がし・金目の煮もの・べんけい・ほっき貝。中通りの、あんぽ柿・ざくざく煮・はごめきゅうり・霊山ニンジン・イカニンジン。会津の、えご・こづゆ・ニシンの山椒[さんしょう]漬け・みしらず柿。数え上げればきりがない。このなかには、震災後、食材の確保がむずかしいものも含まれているのではないか。
 除染のためにイグネが伐採された。森林の除染は行われない、という。くりかえすが、生活圏とは家屋から20メートルの範囲内を指すわけではない。人々は山野河海のすべてを生活圏として、この土地に暮らしを営んできたのだ。汚れた里山のかたわらに「帰還」して、どのような生活を再建せよと言うのか。山や川や海を返してほしい、と呟[つぶや]く声が聞こえる。(県立博物館長 赤坂 憲雄)
 
 
大半の森林、除染せず 環境省方針、生活圏から20メートル外
福島民友 2015年12月22日
 東京電力福島第1原発事故に伴う県内の森林除染について環境省は21日、住宅など生活圏から20メートルの範囲と日常的に人の出入りがある場所を除き、大半の森林では原則として除染しない方針を示し、有識者でつくる環境回復検討会で了承された。
 会議後、井上信治環境副大臣は「広い森林を面的に除染するのは物理的に困難で(落ち葉などの堆積物を取り除くことによる)土壌流出など悪影響もある。住民にとって一番良い手法を考えた結果だ」と語った。同省は今後、除染に関するガイドラインを改定し、方針を反映させる。
 県土の7割を占める森林の除染をめぐって国は、住宅や農地の近隣20メートル以内と、キャンプ場など人が日常的に立ち入る森林については除染しているが、それ以外については方針を示していなかった。
 環境省は、これまでの実証事業の結果から「森林内の放射性物質が雨や風の影響で森林の外に流出する量は少なく、生活圏の空間線量への明確な影響は確認されていない」とした上で、「堆積物の除去を行えば土壌流出を招く」と結論づけ、除染は適当でないと判断した。
 ただ、斜面が急な場所などでは土壌が宅地近くまで流れ込み、除染前より除染後の放射線量が上がった場所が確認された。このため必要なモニタリングの継続や生活圏への土壌流出を防ぐ木製柵の設置、土のうを積むなどの対策を講じる。
 会議で同省は、林野庁と連携し作業の機械化による屋外作業時間の短縮や作業員の被ばくの低減、情報発信強化などに取り組む方針を示した。有識者からは「除染をしないなら、林業をどういう形で再生させていくか検討する必要がある」との指摘が相次いだ。今後、林業再生の手法をどう示せるかが焦点となる。