飯塚真紀子 YAHOOニュース 2018年3月11日
(在米ジャーナリスト)
福島第一原発事故から7年。
ある科学論文がアメリカ化学会が発行する“エンバイロメンタル・サイエンス&テクノロジー”に掲載された(福島原発由来のウラン酸化物を含む微粒子に関する論文)。著者は、九州大学、マンチェスター大学など内外の6つの大学の研究者たち。論文には“初めて発見されたもの”が記されている。それは、福島第一原発由来のウラン酸化物を含む微粒子である。立入禁止区域内で採取した土壌サンプルを解析した結果、発見されたものだ。この発見はどんな意味を持つのか? そして、研究の先にあるものとは?
研究チームを率いる九州大学・大学院理学研究院・化学部門准教授の宇都宮聡氏と、同氏と共同研究を行なったマンチェスター大学分析放射化学上級講師のガレス・ロー博士に話をきいた。
原子炉内から放出されたウラン酸化物
―ご研究で何が明らかになったのでしょうか?
宇都宮 ウランに関しては、これまでは、高濃度放射性セシウム含有微粒子(CsMP、セシウム・リッチ・マイクロ・パーティクル。セシウムボールとも呼ばれている)の中に微妙に溶け込んでいるウランは発見されており、私たちのチームもそれを発見していました。しかし、そのウランの結晶構造や化学種については明らかにされていませんでした。私たちは今回、それを明らかにし、ウランが原子炉から放出されたものであることを証明したのです。これまで、ウランについては、燃料と同じ成分のウランが放出されたのか不明だったのですが、同じであることを明らかにすることができたわけです。
また、メルトダウンの際に生じたと考えられるジルコニウム(燃料の被覆材)との共融混合物も発見しました。このことは、ウラン酸化物を含む微粒子が、確実に原子炉内から放出されたことを証明しています。
ロー ウランは立入禁止区域内外で見つかっていたのですが、どこに由来するものであるかはわかっていなかったのです。今回初めて、原子炉から放出されたウランを見つけることができました。また、これまでは放射性セシウムや、ヨウ素のような半減期が短い揮発性のある放射性核種だけが放出されたと考えられていましたから、初めて、ウランのような原子炉由来の半減期の長い放射性核種が見つかったことは重要な発見だと思います。
―ウラン酸化物を含む微粒子はどうやって放出されたのでしょうか?
宇都宮 メルトダウンが起きた後、何らかの放出イベントが起きたために放出されたのだと思います。微粒子は穴が空いていれば炉内から出てきますから、穴が空いて外気にさらされるイベントというと、水素爆発という放出イベントで放出された可能性が有力といえるでしょう。
―炉内にはたくさんのウラン酸化物が残されているのですね?
宇都宮 そうです。そして、それを取り出す作業は危険を伴います。U235の核分裂で生じる娘核種の放射能の毒性が非常に強いからです。そういった放射線を遮りながら行う燃料デブリ(溶けた燃料と原子炉構造物の混合物)の取り出しは難しい作業になるでしょう。
―先生のご発見はどのように貢献すると思いますか?
宇都宮 一般の方々には、核燃料と同じ成分の微粒子が環境に出ているという事実を伝えることができました。専門家の方々には、炉内に残っている燃料デブリがどんな性状であるか、ほんの一部ですがお伝えすることができたと思います。燃料デブリの性状把握をすることは、廃炉のために溶けた燃料を取り出す際に重要になります。燃料を取り出す際に再臨界が起きるのではないかなどの懸念があるからです。今回の発見は、性状把握に貢献できたと思います。
人体への影響は?
―ウラン酸化物を含む微粒子は人体に影響を与えるのでしょうか?
宇都宮 健康被害について即答するのは難しいです。放出された量自体はそれほど多くはないと思いますし、発見された微粒子はナノ粒子なので吸い込んだとしても人体に留まることはないと思うのですが、人体に影響はないと言い切るのもまた難しいです。粒子の溶ける速度や粒子が沈着する器官など科学的条件が複雑に絡み合ってくるからです。
―先生のご研究は今後どう発展していくのでしょうか?
宇都宮 今回発見した十数個のウラン酸化物を含む微粒子は、3個のCsMPに付着している状態か、CsMPの中に入っている状態で見つかりました。今後はCsMPを研究して、燃料デブリの性状を把握するのに役立つ情報を提供していきたいと思います。
また、南相馬などに住む人々からの要望もあり、CsMPが周りにどれだけあるかも研究していきます。放射性セシウムが高濃度ということは、放射能が集中して溜まっている小さな場所があるということ。そして、そんな場所では人体へのダメージが起きる可能性があるからです。そういったローカルな場所で起きる人体へのダメージが懸念され始めているのです。
―放射性セシウムの方がウラン酸化物を含む微粒子より人体へ与える影響が重大であると?
宇都宮 今の段階ではそうだと思います。ウラン酸化物を含む大きな微粒子は放出されていたとしても、重たいため、あまり遠くまでは飛ばないと予想されるからです。実際、私たちのチームも、今回、原発から2キロ、4キロと、原発から近い地点で採取した土壌から、ウラン酸化物を含む微粒子を発見しました。また、遠方に行くほどウランの濃度が低下することを示す研究結果も出されています。一方、放射性セシウムについては、CsMPが発見されているため、人々は懸念しているのです。
―局所的に放射性セシウムの濃度が濃いところがあるというわけですね。
宇都宮 そうです。例えば、放射性セシウムが10の11乗bq/gという放射能密度のところもあります。
* ちなみに、筆者が取材したアメリカの原子炉専門家アーニー・ガンダーセン氏が福島を中心に日本で採取した180のサンプルの放射性セシウムの中央値は約3200bq/kg、平均値は約26000bq/kgだった(米・科学論文が示唆する「原発事故後の再汚染」の懸念)。これをbq/g単位に直すと、それぞれ、3.2bq/g、26bq/gということになる。10の11乗bq/gというのは途方もなく高い放射能密度だ。
―さらなる調査が必要になってきますね。
ロー 調査を進めることは重要です。CsMPがどこに、どれだけあるか、まだわかっていないからです。わかっているのは、CsMPの中に半減期の長い放射性核種が存在しているということ。そして、人がそれを吸い込んだら、その影響は長期間に渡って続く可能性があります。CsMPがたくさん放出されている場合、それが環境に与える影響を研究する必要が出てくるでしょう。
今回発見された、ウラン酸化物を含む微粒子は0.005ミリメートル以下と、人が自然に吸い込んでもおかしくない大きさだ。
また、放射性セシウムについては、かねてより内部被曝を懸念する声もある。放射能密度が10の11乗bq/gのようなCsMPが、呼吸や食べ物を通して体内に取り込まれ、肺や気管支などの器官に長期間住み着いたらどうなるのか? さらなる調査研究が望まれるところである。