21日の東洋経済オンラインに、「川内原発、『安全神話」に懲りないのか-原子力規制委の『審査合格』は穴だらけ」と題する記事が載りました。
川内原発における規制基準審査合格の問題点が分かりやすく整理されています。
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川内原発、「安全神話」に懲りないのか
原子力規制委の「審査合格」は穴だらけ
中村 稔 東洋経済 2014年9月21日
(編集局記者)
原子力規制委員会が9月10日、九州電力・川内原子力発電所1、2号機の安全性確保に関する基本方針である設置変更許可申請に対し、新規制基準に適合しているとする「審査書」を正式決定した。福島第1原発事故の教訓を踏まえ、昨年7月に施行された新規制基準の下での初めての審査合格。この先もまだ工事計画と保安規定の認可作業や使用前検査などの法令上の手続きが残るが、規制委として川内原発の再稼働にゴーサインを出したことになる。
田中俊一委員長は当日の会見で「川内原発については、運転にあたり求めてきたレベルの安全性が確保されることを確認した」と語った。また、「審査開始から1年以上かかったが、一つのヤマ、ステップを踏み出した。この後にたくさんの(他の原発の)審査が控えており、着実に進めていきたい」と述べた。
規制委による「審査合格」を受け、政府は12日、原子力防災会議(議長・安倍晋三首相)を開き、周辺自治体の避難計画など緊急時の対応策を「具体的かつ合理的」だとして了承した。また、小渕優子・経済産業相は同日、「川内原発の再稼働を政府として進める」と明記した文書を、鹿児島県知事と薩摩川内市長に交付した。
しかし、これまでの審査によって川内原発の安全性が確認されたという規制委の見解には、大きな疑問が残されたままだ。
火山審査は「科学的とはいえない」
まず、川内原発固有の問題である火山影響評価の妥当性だ。
規制委は、桜島を含む姶良(あいら)カルデラなどの周辺火山の巨大噴火によって、川内原発の運用期間中(核燃料が存在する期間)に安全性に影響を及ぼす可能性について「十分に小さい」と評価した。
そして、噴火可能性が十分に小さいことを継続的に確認するため、モニタリング(観測)を行い、噴火の兆候が観測された場合には、原子炉の運転停止や燃料の搬出など必要な対処を行うという九電の方針を、審査指針(火山ガイド)に合致したものと評価した。
しかし、火山の専門家からは、規制委の判断を根底から否定するような厳しい批判が相次いでいる。
規制委が火山審査後に設置した、モニタリング方法を検討する有識者会合では、「現在の火山学では噴火の時期や規模を予知するのは極めて困難」(中田節也・東京大学地震研究所教授)と、予知やモニタリングの限界が指摘された。
また、巨大噴火の可能性が十分に小さく、モニタリングが可能とする根拠とされた海外の論文(ドルイット論文)について火山噴火予知連合会会長の藤井敏嗣・東京大学名誉教授は、「カルデラ噴火一般について述べたものではない。これは執筆者本人にも確認した」と指摘。ドルイット論文という一例を、川内原発周辺を含めたカルデラ一般に適用しようとする、九電や規制委の判断根拠に疑念を示した。
藤井氏は、巨大噴火に至るような状況ではないとした規制委の判断内容に関し、「いくつか疑義があるが、そのことについてもこの検討チームの中で議論するのか」と質問。
これに対して規制委の島崎邦彦委員長代理は、「そこまでさかのぼって全部ひっくり返してしまうと、この検討チーム自体が成り立たなくなる」と、慌てたように否定。専門家と規制委の認識のギャップを象徴するような一幕だった。
この有識者会合のメンバーではないが、火山地質学が専門の高橋正樹・日本大学文理学部地球システム科学科教授は、規制委が作った火山ガイドにおいて、階段ダイヤグラムという手法で噴火ステージを判断でき、地殻変動などのモニタリングによって巨大噴火も予測できるとしている前提を疑問視。「規制委はできもしないことをできるかのように扱っており、科学的とはいえない。新たな安全神話をつくるようなことがあってはならない」と警告する。
要するに、川内原発の火山審査を科学的に行うことは、今の火山学の知見では無理がある。本来なら、規制委はそのように判断して、再稼働の是非は政治判断にゆだねるべきところだ。それなのに、根拠が不十分なまま、自説を押し通すような形で結論づけているので、多くの反発を招いている。
有事の際、燃料をどこへ搬出するのか
噴火の兆候が観測された場合には、九電は原子炉の運転停止や燃料の搬出など必要な対処を行うというが、具体的な対処方針についてはまだ示されておらず、今後、九電が策定して認可を申請する保安規定の中で示されることになっている。
こうした重要なことが未確定で、規制委の認可を受けていない状況では、審査はまだまだ終わったとはいえない。噴火の予知は困難なのに、適切な対処方針を定めることができるのか。原子炉から取り出した燃料は、最低5年程度は使用済み燃料プールで冷やす必要があるが、いつ搬出できるのか。どこに搬出先があるのか。疑問は尽きない。
規制委は仮合格証にあたる「審査書案」を7月16日に出した後、30日間にわたり意見公募(パブリッグコメント)を行った。パブコメ実施に法令上の義務はないにせよ、重要性に鑑みれば、これから審査される保安規定や工事計画を含めてパブコメの対象とすべきだったとの批判が出るのも当然だろう。
パブコメは結果的に1万7819件が寄せられた。「貴重な意見も多かった。きちっと精査して、(審査書に)反映すべきものは反映している」(田中委員長)というが、反映は字句の手直し程度で、実質的には無修正と言っても過言ではない。専門家から疑義が出ていた火山の審査手法に関する意見はまったく反映されなかった。噴火兆候把握時の対処方針への質問にも、規制委は「事業者において具体的な検討がなされる必要がある」とのみ回答している。形だけのパブコメとの印象はぬぐえない。
周辺自治体が策定する住民の避難計画も審査対象にすべきだとの指摘には、「原子力災害対策特別措置法(原災法)に基づいて対策が講じられる」とだけ答えた。
日本では、原子力災害対策は災害対策基本法の特別法として原災法が定められ、原子力事業者と周辺自治体に防災計画の策定を義務づけている。安全規制と原子力災害対策が異なる法体系の下に置かれており、規制委が原発の安全性を審査するにあたって、住民の避難計画は審査対象となっていない。
米国では、住民避難計画を含めた十分な緊急時計画(Emergency Plans)が保証されていると原子力規制委員会(NRC)が判断しなければ、原発の運転が許可されないと規定されている。州と地方政府が策定した緊急時計画の実効性については、NRCは連邦緊急事態管理庁(FEMA)による評価を基に判断している。ニューヨーク州のショーラム原発のように、自治体や住民が同意できる実効性のある緊急時計画を策定できず、商業運転を行う前に廃炉に追い込まれたケースもある。
実効性の保証なき住民避難計画
現状、川内原発周辺自治体による避難計画の実効性に関しては、数多くの問題点が指摘されている。原発から10キロメートル圏外にいる要援護者の避難計画の策定が先送りされているほか、避難する住民や車両のスクリーニング(放射線汚染検査)の場所も決まっていない。また、大半の自治体の避難計画は、風向きに応じて避難先を変えるものにはなっていない。有事における道路の渋滞状況の想定が実効性を欠くとの指摘や、より詳細な避難時間のシミュレーションが必要との意見も多い。
原子力を含む災害リスク管理が専門の広瀬弘忠・東京女子大学名誉教授は、現状の避難計画について「自治体へ丸投げされ、結果的に実効性の乏しい避難計画になっている。福島の教訓がまったく生かされていない」とし、「原子力災害の大きさを考えれば、原発の再稼働を判断する要件として、実効性のある避難計画の策定は当然入れるべき」と語る。
規制委の田中委員長自身、「規制基準と防災は車の両輪」と常々述べてきた。だが、防災・避難計画は規制基準とは別の法体系にあり、所管が内閣府、策定責任は自治体にあるため、「実効性があるかどうかを言う立場にない」としてきた。
自治体へ丸投げにしてきた姿勢を批判された政府は最近、内閣府と経産省の職員数人を地元自治体へ派遣することを決めた。だが、そうした支援で、住民の安全を守る要である避難計画の実効性が担保されるのかは疑問だ。
改めて問われる「世界で最も厳しい規制」
田中委員長は、13年7月の新規制基準施行によって、日本の原子力規制は「世界で最も厳しいレベル」になったと自負している。国民に向けて、そう言い続けることは本当に妥当なのだろうか。
植田和弘・京都大学大学院教授(環境経済学)は、世界ではすでに導入されつつあるコアキャッチャー(原子炉圧力容器外に流出した溶融炉心を格納容器内に貯留する設備)や、二重の格納容器などが必ずしも審査の要件になっておらず、「世界で最も厳しい基準というのは、かなり怪しい」と見る。
また、新規制基準から立地審査指針(原子炉施設の立地条件)が省かれたことや、実効性のある避難計画が審査要件になっていないことなどから、「規制委審査は住民の安全性を踏まえていない」と批判する。
「世界で最も厳しい」「世界最高」という表現は、原発の安全性に対して国民に高い信頼感を与えるものだ。だが、もしそれが実態にそぐわない表現であるとすれば、逆に国民を欺き、新たな安全神話をつくることにもつながりかねない。その表現が持つ意味の重さが改めて問われている。