化粧品販売の「LUSH(ラッシュ)」は全国に57店舗を持っていますが、その店頭とインターネットの署名サイトで、『上関原発の新規立地計画の中止』と、『政府が2018年夏の閣議決定を目指す「第5次エネルギー基本計画」に「新規立地計画中止」の文言を盛り込むことに反対する』署名に取り組み、5月29日時点で合計3996人の署名を集めました。
客商売の企業がこうした運動に取り組むのは非常に珍しいことです。
Business Insider Japan がこの問題を取り上げました。読み応えがあります。
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コスメ会社LUSHがなぜ反原発キャンペーン? — 客との接点は倫理観
竹下 郁子 Business Insider Japan 2018年5月30日
イギリス発のコスメメーカー「LUSH(ラッシュ)」が、山口県上関町に中国電力が計画している上関原子力発電所の建設中止を求める署名キャンペーンを行っている。署名は安倍晋三首相と世耕弘成経済産業大臣に届ける予定だ。企業がこうした運動をすることをタブー視する風潮もある中、なぜ踏み切ったのか。
コスメ通じて原発問題を知る
5月28日の午後6時過ぎ。仕事や学校帰りの女性たちでにぎわうラッシュ新宿駅前店で、女子大学生2人が販売員の西川友理さん(25)の話に耳を傾けていた。上関町を知らないという2人に西川さんが取り出したのはiPad。「奇跡の海」と呼ばれる上関周辺の瀬戸内海の風景を撮影した動画を見せて、この自然や生態系が原発の建設によって失われようとしていること、それに反対する署名を集めていることを説明していく。西川さんが現地に足を運んだときに見た海の透明さ、美味しかった食べ物の話を交えながら、終始和やかな雰囲気だ。女子大学生たちは、
「知らないことばかりでした。東京に住んでいると原発は遠い地方の話に感じてしまうけれど、私にできることがあるなら協力したいなと」
「大学生になってよく旅行するようになり、自然って大切だなと思っていたので、ぜひ守ってほしいと思いました。ラッシュは動物実験に反対していたり、化粧品の材料に自然由来のものを使っていて、もともと共感することが多かったけど、本当にいろんな社会問題に取り組んでいると分かって、信頼感が増しましたね」
と言い、署名にサインした。その日はほかにも、環境保護に興味があるという女子大学生や、韓国人の男性もスタッフから韓国語で説明を受け署名していた。
西川さんは、客が希望する商品案内を終えて信頼関係が築けた後に、「最後に1分だけお時間いいでしょうか?」と声をかけたり、塩や海藻など海のものを原材料に使った商品の説明をしたりしているときに合わせて、この署名キャンペーンの案内をすることが多いという。反応はさまざまで、上関の海の美しさに「ここ本当に日本なんですか」と驚き協力する人もいれば、「生活のために原発は必要」「中立でいたいから」と断る人もいるそうだ。
難民支援や被災地での活動も
5月18日から開始した「#SaveKaminoseki 上関の自然を守ろうー緊急署名キャンペーン」は、ラッシュの全国57店舗の店頭とインターネットの署名サイトで行われている。店舗は5月31日まで、ネットでは6月以降もしばらく継続する予定で、5月29日時点で合計3996人の署名が集まっている。
求めているのは、2011年の東日本大震災で東京電力福島第一原発の事故が起きて以降、準備工事が中断したままになっている上関原発の新規立地計画の中止と、政府が2018年夏の閣議決定を目指す「第5次エネルギー基本計画」に「新規立地計画中止」の文言を盛り込むことの2点だ。経済産業省の素案では新増設には触れておらず、どのような表現になるのか社会の関心も高い。
今回の署名活動はラッシュが長年、寄付などで支援してきた「上関の自然を守る会」を含む4団体が呼びかけている。同社が参加したのも、上関の自然を守る会をサポートするためだ。
ラッシュは1995年創業で、本社はイギリス。現在、世界49の国と地域に930店舗以上を展開している。ビジネスポリシーは「Ethical(倫理的)」であること。会社創業以来、世界的に化粧品のための動物実験に反対し続けているほか、2007年からは消費税を除く売り上げの全額を寄付するボディクリーム「チャリティポット」を通じて、動物の権利や人権、環境問題などの社会課題に取り組む小規模団体への寄付・助成を行ってきた。
日本では過去約10年間に5億3000万円以上を提供している。支援先は、日本で暮らす難民を支援する「認定NPO法人難民支援協会」、被災地で救援活動をする「被災地NGO恊働センター」、動物の殺処分について子どもたちと共に考える「NPO法人SPICA」など多岐にわたる。上関の自然を守る会もその一つだ。
同会は上関の自然や生態系を守り原発建設に抗議するために設立された。原発建設予定地周辺は国の天然記念物に指定されているカンムリウミスズメなど希少な生物も多数生息するホットスポットだ。原発ができれば海水温より7度高い温排水が流され、周辺の生態系が崩れる懸念もある。「人と動物が豊かな地球環境でハッピーに共存できる社会」を目指すラッシュには、見過ごせない状況だった。
日本のほかにイギリスでも、チャリティ商品を通じて原発に反対する団体を支援している。
経営陣も販売員も一緒に現地で学ぶ
山口県上関町は室津半島の先端部と長島、祝島、八島などの島々からなる人口約2800人の小さな町だ。住民は原発原発推進派と反対派に分かれ30年以上も対立してきた。
ラッシュは今回の署名キャンペーンをするにあたり、経営陣や社員、店舗の販売員などで上関町に行き、上関の自然を守る会代表や町の人々から話を聞き、船に乗って海の様子を見るなどの研修を行った。ラッシュジャパンのエディターとしてPR記事や動画を制作するエディターの山下夏子さん(23)も研修に参加した一人だ。原発は必要ないと思っていても地域の事情で選挙では推進派に投票している人など、揺れ動く町の様子を実感したそうだ。
「対立しているのは、みなさん故郷が好きでずっとそこで暮らして行きたいと思っているからこそだと感じました。未来に何を残せばハッピーになるか考えたときに、サステナブルではない原発よりも自然を、という方向に進んでほしいなと。原発がなければ何もない町になるという意見の人もいますが、そのままの自然が本当に素敵で価値があるということを伝えていくのが私たちの役割だと思っています」(山下さん)
「言論の自由」掲げて客と議論
東日本大震災以降、原発に関する社会の関心は高まっている。一方で、対立やさまざまなステレオタイプも広まり、自身の意見を表明することすらためらう人も多い。原発への反対意思を明確にする今回のキャンペーンは、一部の消費者にはマイナスイメージにつながると考えなかったのだろうか。ラッシュジャパンでチャリティ活動を担当する種村香奈美さん(33歳、チャリティバンク事務局)は言う。
「さまざまな考えの方がいらっしゃって当然です。 私たちも1つの考えを押し付けたいわけではありません。お客様がただお買い物を楽しむだけでなく、ラッシュという場所を通して原発や環境、エネルギーの問題と出合い、身近なこととして考えてもらうきっかけになればうれしいです」(種村さん)
前出の西川さんも山下さんも、ラッシュのEthicsや社会問題に取り組む姿勢に惹かれて入社した。山下さんは当時は新卒採用がなかったが、自ら打診して学生インターンからスタートして社員になっている。 社員同士も日頃から政治や時事問題について活発に議論しており、「言論の自由」を掲げて消費者など一般の人と問題を共有し議論する専用の企業SNSアカウントもある。
「 “Give a voice to voiceless”、声なき人々の声になることをラッシュでは大切にしています。私も常にそういう視点を大事にしていますし、日頃から世界で起きていることに興味をもち考えるようになりました。ラッシュにはそういったことを話したり学んだりするカルチャーがあるんです」 (山下さん)
ふらっとコスメを買いに行って、社会問題に出合う。そんな機会が増えるだろうか。
(文・竹下郁子)