2018年7月28日土曜日

書評:『原発被ばく労災 拡がる健康被害と労災補償』の紹介

 毎週木曜日にレイバーネットに掲載される「週刊 本の発見」を紹介します
 今回は、佐々木有美さんによる『原発被ばく労災 拡がる健康被害と労災補償』です
 原発で働く人たちが放射能などによって病気に罹れば、労災申請や損害賠償を請求できますが、国と電力会社は、被ばくと病気との因果関係をかたくなに認めようとしません。これまで原発で働いた人たちは50万人ほどに上りますが、労災の認定を受けられたケースは僅かに17人ということです。なぜこんな不条理が通用するのでしょうか。
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 〔週刊 本の発見〕
『原発被ばく労災 拡がる健康被害と労災補償』 
評者:佐々木有美 レイバーネット 2018年7月26日
放射線を浴びて労働する人たち
 
原発被ばく労災 拡がる健康被害と労災補償
(被ばく労働を考えるネットワーク編、三一書房、2018年、1700円+税)
  評者:佐々木有美
 
「見えない、触れない、聞こえない、それに味もしない、放射線とはまったく得体のしれないものだ」(本書より)。その放射線を浴びて労働する原発内の労働者たちのことをわたしたちはどれほど知っているだろうか。今年6月に出版された本書は、被ばくが原因で白血病やがん等にかかり、労災補償や損害賠償を請求して起ち上がった6人の原発労働者とその家族の記録である。
 
 驚くのは、原発の作業現場のあまりに杜撰な実態だ。梅田隆亮さん(83歳)は、1979年原発とも知らされず島根原発に送りこまれた。現場では、アラームメーター(被ばく線量計)を他の人に預けて作業させられた。配管から漏れ出した冷却水をひしゃくですくってバケツに入れたり、圧力容器の内側をウエスでふき取る仕事もした。暑さと息苦しさから防塵マスクを外すこともあった。梅田さんは、その直後、原因不明の鼻血出血、動悸、めまい、倦怠感などにおそわれ、1990年には心筋梗塞を発症した。
 
 福島第一原発で収束作業にあたったあらかぶさん(仮名 43歳)によれば、現場によっては作業に必要な鉛ベスト(放射線を防ぐ)も人数分はなく、チャックがこわれてガムテープでとめているものさえあった。線量の高い危険な場所の指示もほとんどなかった。
 北九州で鍛冶職人をしていたあらかぶさんには、妻と三人のこどもがいる。3・11の東日本大震災にショックを受け、「東北や福島の人のために働きたい」と家族の反対を押し切って福島の原発に向かった。しかし、2014年に体調を崩し、急性骨髄性白血病と診断される。死への恐怖でうつ病も発症した。労災認定までには1年7か月もかかった。あらかぶさんは、その後、東電に損害賠償を求めて提訴した。労災認定のときの東電のことば「コメントする立場にない」が訴訟を決意させた。「国が労災を認めているのに東電は知らないという言い分は許せない。自分の責任としっかり向き合ってほしい」というのがあらかぶさんの気持ちだ。いま、裁判は8回目を迎えている。
 
 劣悪な現場で被ばくし、罹病した人たちのほとんどは、闇から闇に葬られているという。多重下請け構造の中で、病気といえば、すぐにクビになるような現場で、ものを言うのは至難のわざだ。それに10年20年たってから発症する例も少なくない。重篤な症状の人、亡くなった人には、労災申請の前に会社が見舞金という形で「解決」する原発ができてから今までに50万人以上の労働者が働いてきたが、労災認定を受けたのはわずか17人だ。
 
 本書でも、労災申請や損害賠償を簡単に認められた人は一人もいない。当事者の血のにじむような努力と周囲の献身的な支援があってこその認定だった。被ばくと病気との因果関係をかたくなに認めようとしない国と電力会社の意志は、高い壁になって労働者の前に立ちはだかっている。
 
「再稼働は許せない。原発はあってはならない」という声を聞く。わたしも同じ思いだ。でも廃炉にするにせよ、そこで働く労働者は必ずいる。その現実をまず見つめることからはじめたい。
 
〔追記〕最高裁に上告中だった梅田さんは、7月11日に上告を棄却された。
 
*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・佐藤灯・金塚荒夫ほかです。