2016年5月31日火曜日

<原発事故>賠償請求断念 節目の給付

河北新報 2016年5月29日  
 東京電力福島第1原発事故による避難区域との賠償格差解消を訴えてきた福島県広野町が7月、町の貯金に当たる財政調整基金を取り崩し、約5100人の全町民に現金10万円を給付する。県の交付金を活用した地域振興券10万円分を合わせると支給額は20万円。異例の施策の背景には原発事故後、町に生じた特殊な環境と事情がある。(いわき支局・古田耕一)
 
<「全力を尽くした」>
 「時間軸を前に戻し、賠償を実現するのは不可能との結論に達した」。関連予算を提案した5月12日の町議会臨時会で、遠藤智町長は無念の表情を見せた。避難区域並みの精神的損害賠償(慰謝料)の請求を断念するとの表明だった。
 遠藤町長は初当選した2013年の町長選で「徹底した賠償の実現」を公約に掲げた。政治的責任を問う町議に「あらゆる要望活動を繰り返し、全力を尽くした」と説明。「今後は生活再建と格差是正を一体と捉え、国、県と新たな支援に取り組む」と強調した。
 賠償格差は広野町に重くのしかかり続けてきた。第1原発20キロ圏は目の前。事故後、町の判断で全住民が避難したが、慰謝料は12年8月で打ち切られた。
 比較されるのが、隣の楢葉町だ。国の避難指示が出され、15年9月に解除された。慰謝料は18年3月分まで、財物賠償も全損の75%が支払われる。広野町関係者は「関係が深く、環境にも差がない楢葉と、20キロの線で分断された」と話す。
 
<帰町者数は5割強>
 広野町は事故収束や廃炉、除染の前線基地となり、作業員宿舎が次々建った。今も3200人の作業員が住む。一方で環境の変化などから、帰町者は5割強の約2700人にとどまる。
 5月下旬の住民説明会でも、町民が「復興に貢献しながら、なぜ賠償にこれほど差が出るのか」「なぜ広野が犠牲にならないといけないのか」と、やりきれない思いを吐き出した。
 今回、広野町が現金を給付するのは、賠償請求の断念という方針転換に加え、本年度が帰還促進の節目と捉えたからだ。
 県は、避難区域外からの避難者に対する仮設住宅などの提供を来年3月で打ち切る。町は「10万円は今の財政状況で可能な最大限の町民支援。帰町の準備を進めてほしいとの思いも込めている」と説明する。
 
<川内村との差解消>
 現金10万円はもう一つの「格差是正」との指摘もある。同時に配布する10万円分の地域振興券は、県が旧緊急時避難準備区域を抱える4市町村に配分する交付金が原資。一律5億円で、対象者の少ない川内村は1人22万円分を配る。
 遠藤町長は「ばらまきは良くないと悩み続けたが、ぎりぎりの線と考え、苦渋の決断をした」と語る。
 町議会では「東電が払うべき金を税金で肩代わりするのは筋が通らない」との批判も出た。現金給付で5億4000万円を取り崩すため、財政調整基金は8億2000万円に減る。
 遠藤町長は「復興拠点という使命を受け止めてきた町民の思いは、報われなければならない」と力を込め、「古里での生活を取り戻せるよう、賠償に代わる支援策を引き続き国などに求める」と述べた。
 
[賠償格差]福島県広野町など福島第1原発から20~30キロ圏の多くは事故後、緊急時避難準備区域となった。2011年9月末の解除に伴い、1人月10万円の精神的損害賠償(慰謝料)は12年8月で終了。一方、20キロ圏など国の避難指示が出た地域は賠償が継続し、格差が拡大した。慰謝料は当初、解除後1年までを目安としたが、政府は15年、解除済みの地域も18年3月分まで支払うと方針転換。広野町との慰謝料の差は1人670万円に上り、格差感が増幅した。