2016年5月18日水曜日

市民委「原発の規制基準見直せ」 熊本地震、規制委の対応批判

 脱原発を目指す市民団体「原子力市民委員会」(座長・吉岡斉九州大教授)は17 日、東京都内で記者会見し、熊本地震を受け原発の新規制基準を見直すべきだとの声明を発表しました。
 
 声明では、まず現行の避難計画に実効性がなく、大地震との複合災害を想定していないこと、屋内退避を原則としている点が複合災害時に現実的でなく危険であることなど問題が多いと述べています。
 また耐震設計についても、審査基準く基準地震動を上回る地震が起きる可能性があること、耐震性は机上の計算に過ぎないものであるが第三者にはその計算過程がチェックができないようになっていること、肝心の安全率を下げている可能性があること等々の問題があるので、耐震設計審査基準を全面的に見直すことを要求しています。
 
 そして上記の内容に対応した新規制基準の改定が済むまで原発の安全性は保証されていないのであるから、原子力規制委は運転中の川内1・2号機について停止を要請すべきだとしています。
 
 なお、立石雅昭新潟大学名誉教授は、市民委員会のアドバイザーの一人です。
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熊本地震を教訓に原子力規制委員会は  新規制基準を全面的に見直すべきである
2016年5月17日
原子力市民委員会               
 (座長:吉岡 斉           
1.熊本地震によって噴出した九州電力川内原発停止要求
 4月14日に始まった熊本地震はいまだ終息に至っていない。5月16日13時30分現在、死者49名、関連死者20名、安否不明1名、重軽傷者1.664名、避難者10,305名となっている。亡くなられた方々に哀悼の意を捧げるとともに、被災された全ての方々が一日も早く健康回復と生活再建を実現されるよう願っている。
 今回の熊本地震を契機に、原子力発電への国民の不安が高まっている。とりわけ九州電力川内原子力発電所1・2号機の運転停止を、九州電力や原子力規制委員会に対して要求する動きが、九州の住民たちを中心に広がっている。熊本地震による薩摩川内市の震度は最大4にとどまり、川内原発の地震計の測定値も原子炉自動停止の基準をかなり下回っているが、川内原発は熊本地震の震源域の比較的近くにあり、その近傍には出水断層帯、市来断層帯、甑(こしき)断層帯が分布している。
 
 熊本地震にみられるような、ある断層帯での地震が周囲の断層帯を刺激して連鎖的に震源域が広がっていくというパターンは、従来、あまり注目されていなかった。まず4月14日夜には、日奈久(ひなぐ)断層帯の高野-白旗区間の約18kmの断層が動き、M6.5、最大震度7を記録した。次いで4月16日未明には、布田川(ふたがわ)断層帯の布田川区間から宇土区間にかけての長さ27kmの断層が動き、今回の熊本地震で最大のM7.3、震度7を記録した。さらに震源域は布田川断層の北東にある大分県の別府-万年山(はねやま)断層帯にも広がった。今後熊本地震が川内原発近辺の断層帯の地震を誘発する恐れがないとは言えない。地下に隠れていた断層が動いて地表に現れるかも知れない。住民たちの不安は杞憂であるとは言い難い。むしろ、われわれがまだまだ自然現象の全容を理解していないという事実をこそ認識すべきである。
 原子炉を一時停止しておくことは、地震に対して有効な方策である。それにより運転中に激しい地震動に襲われるのに比べて、過酷事故発生のリスクを大幅に減らすことができる。なぜなら激烈な地震動により制御棒の原子炉への挿入に失敗するリスクをゼロにできるからである。また原子炉内の核燃料の発熱量も格段に小さくなっているため、不幸にして異常事態が発生した場合でも、核燃料溶融に至るまでに冷却注水を行うための対処時間を相対的に長く確保できるからである。そして運転停止期間中に職員や周辺住民の防災訓練を重ねておけば、いざという時の対処を円滑に行うことができる。
 
2.熊本地震によって露呈した原子力安全規制の欠陥
 しかし、私たち原子力市民委員会は、熊本地震が鎮静化するまでに限り川内原発1・2号機を一時停止するというかたちで、今回の事態に対処することだけで十分であるとは考えない。むしろ、原子力発電所の安全をもともと保証していなかった原子力規制委員会の新規制基準の欠陥が、今回の熊本地震によって一層明白となったので、一刻も早く新規制基準を見直すべきと考える(※)。熊本地震自体は、すでに沈静化しつつあるとの見方もあるが、川内1・2号機は十分な安全性が確保されていないのであるから、新規制基準の欠陥が解消されるまで、その設置変更許可を凍結し、新たな基準ができるまで無期限に停止させるべきである。また原子力規制委員会は、関西電力高浜3・4号機、1・2号機および四国電力伊方3号機に対する設置変更許可を凍結し、バックフィットルールに則り新たな規制基準のもとで必要な審査を進めるべきである。これが私たち原子力市民委員会の基本的考え方である。
それでは熊本地震によって露呈した原子力安全規制の欠陥とは、具体的にどのようなものだろうか。以下の2点が決定的に重要である。第1は、防災・避難計画の実効性がないことである。第2は、耐震設計審査基準が甘いことである。
 (※)原子力市民委員会は、2014年7月9日に「見解:川内原発再稼働を無期凍結すべきである」(www.ccnejapan.com/?=3489)を発表し、新規制基準に基づく川内原発の再稼働は容認できないことを明らかにした。今回の声明で指摘する問題点のほとんどは、2014年の「見解」で指摘していた。
 
2-1.防災・避難計画の実効性
 現在の防災・避難計画の最大の欠陥は、過酷事故の際に周辺住民の安全を守るための実効性ある地域防災計画が、原発の建設・運転を許可する際の法律上の要件となっていないことである。地域防災計画の策定・実施については、自治体(都道府県、市町村)が直接的な責任を負うことになっている。本来は事業者が立案し自治体と協議したうえで合意したものを原子力規制委員会に申請し審査を受けるべきだが、原子力規制委員会が有効性をチェックして合否の判定を行う法令上の仕組みがない。現状では、原子力規制委員会は地域防災計画作成のための簡単な指針(「原子力災害対策指針」)を公表し、自治体に具体的計画の作成を丸投げしているだけである。さらに、政府の原子力防災会議が、自治体の防災・避難計画を無批判に追認することで、自治体の首長は、防災・避難計画の実効性確認の責任を政府に転嫁している。このような曖昧な手続きを根本的にあらため、原子力規制行政として、防災・避難計画を検証することを、原発の建設・運転等の許認可に際しての法律上の要件とする必要がある。
 
 残念なことに今まで自治体から提出された「地域防災計画(原子力災害対策編)」は、鹿児島県のものをはじめとして全く現実性がない。川内原発の30km圏内の住民は23万人あまりである。それに原発従業員数千人が加わる。こうした人々について原発過酷事故時の効果的な避難を成功させるには、「防災・避難インフラ」(避難先、避難手段、避難・防災組織、情報の伝達・共有等)が完全な機能を果すことが不可欠である。
 だが周知のように2011年の福島原発事故では「防災・避難インフラ」が、地震・津波・放射能によって長時間にわたり麻痺した。今日の地域防災計画はみな、福島原発事故の教訓をほとんど真摯に受け止めていない。周辺自治体、病院や福祉施設、バスなどの輸送業者、警察、自衛隊などからの協力を得て、道路や通信などのインフラが十分に機能することをあてにした今日の防災・避難計画は、まさに絵に描いた餅というべきものだ。特に重大な欠陥は、要援護者(高齢者、入院患者、介護施設入所者等)の受入先と、避難の具体的手順が決まっていないことである。加えて、原子力事故においては、被災者の避難や輸送にあたる輸送業者、福祉関係者、自治体職員なども被ばくの危険にさらされるが、一般の労働者に被ばくを強要するような作業を課せられるのかという問題も未解決のままである。警察官、消防士、自衛官は、一般の労働者とは別に議論するべきかもしれないが、被ばく作業を強要してよい理由はない。この点については原発作業員(協力会社社員・労務者等)も同様であるが、どのような状況であれば、労働者の危険回避のための職場放棄が許されるのかということも含め、何ら規定がないことは、重大な問題である。
 
 さらに、今回の熊本・大分地震で露呈したのが、原子力規制委員会による「原子力災害対策指針」および川内原発の防災計画では、地震と原子力災害という複合災害には対応できないということである。現在の指針や防災計画においては、屋内退避に過度に依存したものとなっている。たとえば、指針ではPAZ(予防的防護措置を準備する区域=原発からおおむね5km圏内)以外は、空間放射線量率が相当な高濃度にならない限り、屋内退避により被ばくを防護するということになっているが、今回の熊本地震のように、地震で家屋が崩壊または屋内にとどまることが危険な状況では、屋内待避に依存した防災計画では無力であるばかりか、むしろ危険性を高め、混乱をまねくものと言わざるを得ない。
 この様に多くの問題をはらんだ防災・避難計画を野放しにしないために、国民環視のもとでの原子力規制委員会による厳しい審査が必要である。もちろん国土が細長く平地が少ない日本では、幹線以外の道路が狭く曲がりくねったものとなるのは避けがたい。そこを自然災害が襲えば道路は寸断され人々は逃げ場を失う。道路以外の「防災・避難インフラ」も、日本では自然災害に対してきわめて脆弱となっている。自然災害と原子力発電所事故が重なる複合災害時において、住民の大量避難が困難をきわめることは誰でも容易に理解できる。あらゆる地域防災計画が机上の空論となることは必然である。すなわち、多くの被災者を置き去りにすることを暗黙の前提とした防災・避難計画しか立てることができないと考えられるが、そのようなものを防災・避難計画として容認して良いのだろうか。
 
2-2.新規制基準の甘さ
 原子力規制委員会が定めた新規制基準は、事故対策組織を形式的に整備することと、ハードウェアの追加設置といった部分的改善を経営的に支障ない範囲内で行えば、全ての既設原発が合格できるよう周到な配慮のもとに策定されたものであり、その意味で本質的に甘い規制基準である。それをクリアしても原発の安全性は保証されない。
 今回の熊本地震でとくに問題となったのは、耐震設計審査基準の不十分さである。従来(2006年)の耐震設計審査指針は、福島原発事故を踏まえて一定程度改善された。何よりも津波対策が、新規制基準に組み込まれたことは評価できる。また活断層が耐震重要施設の直下にある場合は設置許可を出さないとしたことも評価できる。だがそれ以外についてはわずかな改善にとどまっている。たとえば基準地震動Ss(地震学及び地震学的見地から施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり、施設に大きな影響を与えるおそれがあるとして、原子力規制委員会が認め、耐震設計の評価に用いるもので、それを上回る地震動が生起する可能性は残る)については多くの原発で引き上げられた。たとえば川内原発では解放基盤面で560ガルから620ガルとなった。
 
 しかし、基準地震動Ssは引き上げられたものの、設備の補強はほとんどなされていない。その理由は不明である。耐震設計評価は仮定に仮定を重ねて行うもので、情報公開請求をしても肝心の箇所は白抜き(又は黒塗り)となっており、いわば白紙(又はブラックボックス)であり、第三者による検証が不可能である。また大掛かりな補強工事を不要とするために安全率の切り下げが行われている疑いも濃厚である。そもそも基準地震動が、原子力発電所の近傍で起こる可能性のある、施設に大きな影響を与える地震の平均像を基礎として、それに地域特性などを考慮した修正を事業者自身が「適切に」加えることで決められていることも批判の余地がある。基準地震動を上回る地震が近年頻発していることは、その決め方が地震動の過小評価を導きがちであり、「残余のリスク」の「残余」を広く残したために、それが日常的に顕在化していることを強く示唆する。
 
 しかも今回の熊本地震は、今までの基準地震動Ssに対する設計方針の根幹部分の限界を露呈させている。それは単一の大きな地震動に、原子力施設が耐えればよいという考え方に立っていることである。つまり基準地震動Ssが襲ってきても、原子炉施設から大量の放射能が漏れる事態とならないよう、重要施設(原子炉冷却材圧力バウンダリを構成する機器・配管系、使用済み燃料を貯蔵するための施設など)について耐震設計上の重要度Sクラスを満たすよう義務づけている。ここで重要度Sクラスの設備は、基準地震動Ssによって設備に塑性変形(変形が完全に元に戻らない状態)が生じても、機器、配管などが破損して安全機能を失わなければ良いとされている。ところが熊本地震では、益城町(ましきまち)において震度7の地震動が繰り返し襲うなど、「繰り返し地震」が起きている。各々の地震動が弾性範囲(地震力が除去されれば元の状態に戻る範囲)にとどまれば、それが数回程度襲来しても危険とまでは言えない。しかし基準地震動未満でも弾性範囲をこえる地震動に繰り返し晒されれば、施設の安全機能が損なわれる恐れがある。熊本地震で1回目の地震動に耐えても2回目以降の地震動で倒壊した建物は少なくない。それと同様のことが原子炉施設でも起こりうる
 
 原子力規制委員会は「繰り返し地震」を前提として耐震設計審査基準を全面的に見直すべきである。基準地震動Ssに対して耐震設計上の重要度Sクラスの施設は塑性変形を許容しないなどの規制の厳格化を検討する必要がある。(なお、Sクラスの施設を狭く限定していることも問題である。たとえば外部電源系は建築基準法の通常の建築物と同じCクラスとされているが、東日本大震災では地震による深刻な被害を受けた。福島第二原発ではわずか1系統だけ生き残った外部電源系統を頼りに、危機に陥った4基の原子炉を安定状態に導くことができた。原子力規制委員会はこの教訓から何を学んだのか。)
 
3.原子力規制委員会のなすべきこと
 原子力規制委員会は4月18日の臨時会議で、現状において川内原発の運転を停止する必要がないとの見解を示し、今までその見解を変えていない。その理由は、以下3点である。
(1)熊本地震による川内原発の地震動が今まで数ガルから十数ガルにとどまっていること。
(2)現在地震が発生している布田川断層帯と日奈久断層帯の2つの断層帯が連動した場合でも地震動は100ガル程度にとどまる。
(3)まだ見つかっていない活断層が原発近傍で動いたと仮定した場合の上限として設定された地震動(基準地震動)620ガルが起きても安全は保たれる。
 1番目と2番目は結果論であり、さておくとして、3番目の理由は根拠不十分である。前述のように基準地震動は過小評価である可能性が高く、近年何度もそれを上回る地震動が発生しているからである。またその地震動に原子炉施設が耐えられるかどうかは、仮定に仮定を重ねた机上の計算で確認されているだけである。さらに「繰り返し地震」を考慮すると、それを想定していない従来の基準をもとに「安全が保たれる」とする見解には説得力がない。
 原子力規制委員会のなすべきことは、川内1・2号機の安全宣言を出すことではない。熊本地震によって明らかになった新規制基準の欠陥を解消すべく、迅速な行動を起こすことである。
 その第1は、防災・避難計画を原子力規制委員会の規制要件とし、必要な指針・ガイドを整備し、厳しい適合性審査の対象とすることである。第2は、耐震設計審査基準を全面的に見直すことである。基準地震動の見直しにおいては、現行の策定方式は基準地震動を作為的に小さな数字とする余地が大きいが、それを抜本的に正す必要がある。とくに「震源を特定しない地震動」の想定を実質的にM6.5まででよいとしている規定は根拠薄弱である。それを改めた上で、「繰り返し地震」にも対応できるようにすることである。この2点に関する新規制基準の改定が済むまで、原子力発電所の安全性は保証されていないのであるから、原子力規制委員会は運転中の川内1・2号機について停止を要請するのが本来の責務である。
 
 原子炉等規制法64条には、原子炉等による災害発生の急迫した危険がある場合において、災害を防止するため緊急の必要があると認めるときは、災害を防止するために原子炉等の使用の停止、その他必要な措置を講ずることを命ずることができる、という規定がある。つまり原子力規制委員会は九州電力に対して川内1・2号機の運転停止を命令する権限を有しているのである。熊本地震の現在の状況が、「急迫した危険」という条件を満たすかどうかに議論の余地があるとすれば、命令ではなく法的根拠によらない要請が穏当なところかもしれない。そのうえで、原子力規制委員会は新規制基準の改定を進めるに際して、「急迫した危険」が何を指すのかのガイドラインも策定しておくべきである。
以上