2017年12月15日金曜日

伊方原発3号機の運転停止の仮処分とマグマ学者からの懸念

 広島高裁が伊方原発3号機について、「熊本県の阿蘇山で巨大噴火が起きて原発に影響が出る可能性が小さいとは言えない」、「巨大噴火が起きた場合、四国電力が想定した火山灰などの量は少なすぎる」として運転の停止を命じる仮処分の決定をしたことに、世界一の火山大国日本の今後の対応が「本気モード」になることが期待されるとして、マグマ学者が賛意を示しつつも、巨大大噴火の問題が「原発反対」の道具だけに使われて終わりということではなく、今後の火山噴火の規模を推定するのに必要不可欠なデータを収集する等の対策を始めることが重要だとする警世の書を発表しました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

伊方原発3号機の運転停止の仮処分: 司法判断の意味とマグマ学者からの懸念

巽好幸 YAHOOニュース 2017年12月15日 
神戸大学海洋底探査センター教授      
 12月13日広島高等裁判所は愛媛県の伊方原子力発電所3号機について、「熊本県の阿蘇山で巨大噴火が起きて原発に影響が出る可能性が小さいとは言えず、新しい規制基準に適合するとした原子力規制委員会の判断は、不合理だ」として、運転の停止を命じる仮処分の決定をした。また広島高裁は、過去の阿蘇山の火山活動から判断すると「原発に火砕流が到達していないと判断することはできないため、原発の立地は不適切だ」とし、「阿蘇山の地下にはマグマだまりが存在し、原発の運用期間中に巨大噴火が起きて原発に影響を及ぼす可能性が小さいとはいえない。巨大噴火が起きた場合、四国電力が想定した火山灰などの量は少なすぎる」と指摘した。司法が巨大噴火の影響を根拠に原発の運用に関して判断を下したことで、世界一の火山大国日本の今後の対応が「本気モード」になることが期待される

巨大カルデラ噴火の切迫性

 これまでこの場でも幾度となく火山災害の危険性について述べてきた(「最悪の場合、日本喪失を招く巨大カルデラ噴火」「箱根山大噴火への覚悟を:かつて首都圏も襲った火砕流と火山灰」「御嶽山噴火から3年、火山災害の驚くべき危険性」など)。火山災害、特に巨大カルデラ噴火は他の災害に比べて低頻度であるために、たとえその被害が甚大であっても多くの人々は「身近なもの」と捉えない傾向がある。ある意味で自然災害に慣れっこになっている日本人には、自らの一生の中で起きるかどうかわからない災害を考えることはできないのかもしれない。おまけに、「儚いことこそ美しい」などという日本固有の「無常観」を纏った人々には、巨大カルデラ噴火による日本喪失の危険性は諦念の対象以外何者でもないのだろう(「「災害は運命だと諦める」ことをそろそろやめませんか?」)。
 しかし、もし自らの子々孫々の暮らしや日本という国家の存続を少しでも考えるのであるならば、巨大カルデラ噴火の危険値(=想定被害者数×発生確率)が交通事故のそれと同程度であることを認識しておくべきである(「日本喪失を防げるか? ギャンブルの還元率から巨大カルデラ噴火を考える」)。

巨大カルデラ噴火が起きた場合の甚大な被害の認識を

 テレビで放映された映像を見ていると、原告団は「歴史的判決」と意気揚々である。ヒロシマという悲劇の地に暮らす人々の原発への思いは十分に理解できるものがある。一方で、火山の息遣いやマグマの動きに注目するマグマ学者としては、この高揚感に一抹の懸念がある。それは、今回の判断が「原発反対」の道具だけに使われはしないかということだ。もちろん私は原発賛成派には属さない。そもそも世界一の地震大国、火山大国に原発はふさわしくないと感じる。私の危惧は、感情的原発反対論者の多くが、巨大噴火で原発が破壊された場合の危険性のみに注目していることである。冷静に考えていただきたい。巨大カルデラ噴火が一度起きて原発が火砕流で被害を受けるような場合には、その領域に暮らす人々の日常生活はすでに高温の火砕流によって破壊されているだろう。そればかりではない、数十キロメートルの高さまで立ち上がった巨大噴煙柱から偏西風に乗って運ばれる火山灰は、日本列島の大部分を覆い尽くしてしまう可能性が高く、その場合は列島の大部分でライフラインがストップする(「最悪の場合、日本喪失を招く巨大カルデラ噴火」)。今回の伊方原発問題で想定された阿蘇山巨大カルデラ噴火が起きると、広島には恐らく火砕流は到達しないであろうがほぼ確実に1メートルもの厚さの火山灰に街は埋没し、人々の日常はほぼ完全に崩壊すると予想される

 巨大カルデラ噴火の危険性を根拠に原発再稼働に反対すること自体は正当であると思うが、それ以前に(少なくとも同時に)巨大カルデラ噴火そのものの試練に対する覚悟を持つべきであろう。もちろん、覚悟は諦念ではない。いかにこの火山大国で暮らしていくかを考えることこそ覚悟である。

巨大カルデラ火山に対する本格的観測の開始を

 3・11以降の原発の再稼働に向けた原子力規制委員会の審査基準「火山影響評価ガイド」について、日本火山学会は2014年11月に噴火予測の限界や曖昧さを踏まえて見直しを求める提言を行った。この提言自体は、現在の日本の火山学の現状を踏まえた冷静な(やや希望的な)提言と言えよう。また同時に、各種メディアやネット上には火山学の専門家(及び専門家もどき)のコメントも数多く見られた。それぞれの意見のほとんどはほぼ正論であり決して反対するものではない。しかし、ではなぜこの現状を踏まえて「専門家」は噴火予測やそれにつながるモニタリングに自ら本気で挑戦しないのだろうか?

 荒ぶる火山の地下には「マグマ溜り」が存在することは容易に想像できるが、その大きさや位置を正確に捉えた観測は未だに存在しない。今後の火山噴火の規模を推定するために必要不可欠なこのようなデータすら存在しないのが現状なのだ。技術的、そして何より金銭的にこのような観測が困難なことは事実であるが、だからといって一歩を踏み出すことなく、「評論家・文化人」にとどまっているのは科学者として残念ではないだろうか。神戸大学では昨年から、今から7300年前に巨大カルデラ噴火を起こした鬼界海底カルデラでこの挑戦を始めている(「鬼界海底カルデラに巨大溶岩ドームが存在: 超巨大噴火との関係は?」)。

 私たちは世界一の火山大国に暮らしている。火山から多くの恩恵を享受しながらも(詳しくは「和食はなぜ美味しい ー日本列島の贈り物」を)、大きな試練に直面している事実を今一度認識すべきであろう。